半蔵門パートナーズ 半蔵門パートナーズ

お問い合わせ 資料請求
手紙・名刺をお持ちの方
お問い合わせ 資料請求
03-3221-3345

半蔵の心得

第25回 若手人材を惹きつける企業の共通点(後編)

 前回は若者に人気のある企業と、東京・西国分寺にあるクルミドコーヒーについてお話しました。今回は、若者が集まる企業にするために、企業はどこを目指せばいいのかについて、さらに考察します。

人に仕事をつける

 前回ご紹介したクルミドコーヒーの影山知明さんの講演で、「仕事に人をつける」のではなく、「人に仕事をつける」というお話を伺いました。

 「人に仕事をつける」という方法は、少人数の企業でしか実現できないことのように感じるかもしれません。社員一人一人に合う仕事を見つけて任せることを考えると、数百人レベルになったらとても対応できないのではないでしょうか。

 ところが、実は大企業でそれを約60年間実践してきた企業があります。

 それはリクルートホールディングスです。

 リクルートは今、リクナビ問題で社会的な信頼を失いかけ、古くはリクルート事件で世の中を騒がせた企業でもあります。あまりいい印象を持っていない方もいるかもしれませんが、創業時から人材育成にかけては真剣に取り組んできた企業です。

 リクルートでは、人は「人から言われたこと」よりも、「自分で考えたアイデア」に熱意を傾けるのだと、創業時から経営陣は考えていました。したがって、リクルートの事業は基本的にボトムアップで生まれます。

 もちろん、経営陣が「今年はこれに力を入れる」といった大きな方針は立てるのですが、それに沿った事業であれば、誰が提案しても実現化する可能性があるのです。新入社員であっても、です。

 たとえ今までリクルートで手掛けたことのない事業であっても、企画が通ることがあります。その場合、それを提案した人のために予算をつけ、人を集めて部署を立ち上げて、まさに人に仕事をつけるのを実践しています。男性の妊活を手助けする精子を検査するサービスや、量子アニーリングもそうやって誕生した事業です。

 そして、人に仕事をつけるために、社員一人一人の希望やモチベーションの源を聞き出すという作業を徹底しています。「人材開発委員会」は社員一人ずつに対して行われ、直属の上司や他部署の役職など数人が集まって、何時間もかけて「この社員はどこの部署に配属させたら輝くのか」と成長プランを真剣に話し合うのだと言います。さらに、上司は普段から部下に対して、「あなたはどうしたいの?」と相手の考えを聞き出すのが習慣になっているそうです。

 部下に対しては手取り足取り教えるのではなく、自分で考えてやらせてみて、どんどん失敗を経験させるというスタンスです。失敗してもマイナス評価にならず、むしろチャレンジした結果だと評価されるので、社員も失敗を恐れる必要がなくなります。実際に、事業を大失敗させた経験のある人でも、社長に就いています。

 こういう基礎をずっと築き上げてきたから、社員が4万人という一大カンパニーになっても、人に仕事をつけることが可能なのでしょう。

 そして、社員が働きやすい環境をつくることにも積極的で、働き方改革をいち早く取り入れ、定時で上がるような環境にシフトしました。共働き世帯のためにリモートワークを推奨し、男性も女性も育休をとりやすいようにしています。さらに、副業は昔からOK。社外で会社を立ち上げている社員もいます。

 社員の平均年齢は33歳で、30代で役員に抜擢されるのも珍しくない、まさに若者が活躍できる企業です。前回紹介したdodaの転職人気企業ランキングでも、リクルートホールディングスは12位にランクインしています。

人に仕事をつけることのリスク

 こんな企業なら定年まで働きたいと思うのが普通ですが、リクルートで定年まで勤め上げたのは創業54年の段階でたった6名。定年前にリクルートを卒業し、転職したり起業するのがリクルートでは普通なのです。

 採用時に、「リクルートに骨を埋めます」という人は採用せず、「3年で起業したい」と展望を語る人を積極的に採用していると言います。その理由は、定年まで勤めたいと考えるような人は、企業に依存するから。最初から転職や起業を視野に入れている独立心旺盛なタイプを採用している、日本では稀有な企業なのです。

 そうやってリクルートを巣立った人は、各分野で活躍しているのは皆さんもご存知でしょう。転職していく人は多くても、優秀な人材があちこちから集まって来るので、いい循環が生まれているようです。

 そんなリクルートで、なぜリクナビ事件のようなことが起きてしまったのでしょうか。

 私は、ベースになるOSが弱かったからかもしれないと考えています。リクルートは創業して間もないころ、経営の三原則として「社会への貢献」「商業的合理性の追求」「個人の尊重」を定めました。リクルート事件後に「商業的合理性の追求」を「新しい価値の創造」に変更しましたが、その分、理念が薄れてしまったのかもしれません。

 社員がやりたいことを自由にやらせていたら、やりすぎてしまったり、間違えを犯すことも出てきます。だから、どこの企業もマニュアルなどを作成して、社員の足並みを揃えようとするわけです。しかし、それをやりすぎると硬直化しやすく、社内の活気はなくなり、もっとも日本に必要とされている柔軟性や創造性をつぶしてしまいます。

 リクルートとクルミドコーヒーは、方法論は似ていても、根本が違うように感じます。リクルートは理念で社会貢献を掲げてはいますが、リクナビ事件ではクライアントの利益を優先し、リクナビを利用する学生の個人情報を渡しています。リクナビを利用する際の規約に、「採用活動補助のために利用企業に情報提供することがある」と表記してあったとしても、規約を隅々まで読んでOKを出す人はほとんどいないでしょう。それに、AIで内定辞退率を算出して企業に渡すというところまで表記していなければ、学生の同意を得ないまま個人情報を使ったのと同じです。

 これは、法的には問われないのだとしても倫理的にはどうなのか、という問題だと思います。影山さんの考える支援し合う関係とは180度違う行動でしょう。

 実は、「倫理観」はこれからのビジネスのキーワードでもあるのです。

これからの企業に必要なのは美意識

 10年ぐらい前にアメリカでは、これからの時代はMBA(経営学修士)よりMFA(美術学修士)だと話題になりました。その波が、ここ23年で日本にも来ています。

 MFAMaster of Fine Artsの略であり、美術系大学院やデザインスクールと呼ばれるところで習得できます。デザインスクールと言ってもデッサンや彫刻の講義を受け、アートのセンスを磨く学校ばかりではありません。最近注目されている「デザイン思考」「デザインシンキング」を身につけるようなスクールが人気を集めています。

 デザイン思考とは、デザイナーやクリエイターがアイデアを生み出すための思考や手法をビジネスに応用しようという考え方です。今は大企業やベンチャー企業で、この思考を身につけようという方向に舵を切っています。

 それはなぜか。外資系のコンサルタント会社が日本で注目されるようになったころから、MBAを取得するのがステイタスのような風潮になっていきました。論理的思考や戦略的思考といったテーマの本がベストセラーになり、雑誌でもよく特集を組んでいたので、多くの人はこういったスキルを身に着けました。

 ところがここに来て、そういったMBA的な思考で考えていると、みんなが同じ答えを導き出すことに気付いたのです。データや数値をもとに分析して導き出す答えは、たいてい同じになります。

 たとえば、アメリカのヒューストン空港では、到着後に荷物が出て来るまで10分以上待たされるので、乗客からクレームが非常に多かったそうです。そこで、コンサルティング会社に相談して、その課題を解決してもらうことにしました。コンサルティング会社は手荷物引渡し所のスタッフを増員することを提案し、10分の待ち時間が8分に減りました。ところが、クレームはまったく減らなかったのです。

 そこで、次にデザイン会社に相談しました。デザイン会社が提案したのは、荷物を待つ時間を短縮するのではなく、手荷物引渡し所にたどり着くまでの時間を伸ばすという方法でした。乗客は6分ほど歩いて遠回りをするので、手荷物引渡し所で待つ時間は23分程度になりました。すると、クレームは激減したのです。

 コンサルティング会社のアイデアはMBA的で、デザイン会社のアイデアはMFA的だと言えます。普通では考えつかないアイデアを思いつけるようになるのがデザイン思考なのです。

 今、世の中では似たような商品やサービスがあふれかえっているのは言うまでもありません。だからこそ、大企業でも社員にデザイン思考を身に着けてもらって、今までにない事業や商品を生み出そうとしているのです。さらに、経済産業省も2018年に「デザイン経営宣言」をするなど、国もデザイン思考を後押しする動きが出て来ています。

 海外の企業では、企業幹部にMFA取得者やデザイナーを入れています。ダイソンやAirbnbの創業者は美術大学の出身ですし、故スティーブ・ジョブズも大学でリベラルアーツを学び、デザインにこだわったからアップルの製品はセンスが良く、世界中にファンがいるのだと言われています。

これからの企業は真善美

 こういったアート的な視点は、自由な発想を生み出せるようになるうえで、「美意識」を鍛えるために役立ちます。さらに、美意識は倫理的な観点を持つためにも必要なのです。

 ベストセラーになった『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』(光文社新書、山口周著)では、ビジョンの美意識、行動規範の美意識、経営戦略の美意識、表現の美意識といった、「経営の美意識」について解説しています。

 そのうちの行動規範の美意識とは、「道徳や倫理に基づき、自分たちの行動を律する」と定義づけています。今は目まぐるしく社会の環境が変わるため、法整備が追いついていません。だからといって、「法的には問題ないから」とグレーなことをしてしまってもいいのか。そこで問われるのは、企業の「真・善・美」といった美意識です。

 「法的には問題ない」とアクセルを踏むのか、「法的には問題なくても、我が社の理念に反する」とブレーキを踏むのか。そこに企業の倫理観や道徳観が現れます。

 ジョンソン・エンド・ジョンソンは「我が信条」という理念において、4つの責任を定めています(長文になるのでここでの紹介は控えます)。不祥事が起きた時に理念や企業の哲学にのっとって行動できるかどうかが、その企業の美意識の高さに結びつくでしょう。

 ジョンソン・エンド・ジョンソンはタイレノールという鎮痛剤を販売しています。1982年に、そのタイノレールを服用した7人が次々に亡くなるという事件が起きました。シアン化合物が混入されていると、シカゴ県警の調べで分かったそうです。

 その事件が起きてすぐに、経営陣は「顧客をどう守るか」を考え、原因が分かる前に、タイレノールを一切服用しないようアメリカ国民に警告したのです。製品はすぐに回収し、消費者向けのホットラインを開設し、すべての情報を提供しました。

 実は、この事件はシアン化合物がどこで混入されたのかも分かっておらず、死亡したのはそれが原因なのかも判明していません。それでも、企業として顧客の命を守るという姿勢を貫いたのです。

 その後、ジョンソン・エンド・ジョンソンは異物が混入しないよう3層密封構造のパッケージを開発しました。そうした姿勢が評価され、タイレノールは事件後も売り上げは90%近くまで回復したそうです。この事件は、ビジネス史上最も優れた危機対応として経営者向けのケーススタディで取り上げられています。

 ここまでの大事件ではなくても、どんなに気を付けていてもミスやトラブルは起きます。そのときに美意識を持って対応できるかどうかが、カギなのです。

 また、今は多くの企業で「KPI(重要業績評価指標)」という言葉をよく耳にします。要は数字を追い求めるということです。数字を重視した結果、社会貢献や顧客の利益をないがしろにしてしまい、企業はコンプライアンス違反を起こしてしまうのではないかと山口氏は説いています。

 東芝の不正会計やマンションの杭打ち工事の不正データ改竄事件は、その最たる例でしょう。美意識が鍛えられれば、数字に向かいがちな意識にブレーキがかかり、「これをやってもいいのか」と踏みとどまれるようになるのではないかと思います。

  

 前回お伝えしたように、今の若者は社会貢献の意識が高いので、これからは美意識を持った企業であるかどうかが、会社選びの基準になるのではないでしょうか。業績や企業ブランドでは勝負できなくなるかもしれません。

 私は今までのコラムでもOSの重要性についてお話してきましたが、「真・善・美」の美意識は、まさに企業のOSに当たります。

 これからの時代は、美意識を持ち、経営判断できるリーダーでないと社内でも社外でも人を惹きつけられないでしょう。自社の利益のためにどうするかを最優先するのではなく、世の中のために何ができるかを最優先する企業に、多くの若者が希望を感じるのではないかと思います。

 秋も深まり、クルミのおいしい季節になりました。

 皆さんもぜひ一度、西国分寺のクルミドコーヒーを訪れて、ゆったりと流れる時間の中で心のリセットをしてみてはいかがでしょうか。

20191125

武元康明

手紙・名刺をお持ちの方