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半蔵の心得

第29回 あなたにしかできないこと(前編)

 今年はコロナショックで生活が一変している方も多いでしょう。

 私もまさかここまで長引くとは思っていませんでした。

 そんななか、私の頭の中では「?」が増え続けて、あふれそうになっています。

 たとえば、なぜ欧米に比べると日本は感染の度合いが軽いのに、経済の損害が大きいのか。

 なぜ、日本ではコロナにかかった人が謝らないといけないのか。

 なぜ、コロナの専門病院をつくらないのか。

 5月末までの自粛期間が明けたら元の生活に戻れるかと思いきや、現在は第三波が来たと、せっかく走り始めた経済復活のブレーキを踏んで減速させています。緊急事態宣言が出る前から、経済を止めたら失業者や貧困者、自殺者が増えると警告していた人がいたにも関わらず、結局予想通りになってしまいました。

 世の中が平穏なときは誤魔化せていた日本の悪しき慣習が、こういう非常時には露見するのだと実感しています。同じことを第四波、第五波で繰り返したら日本は沈没してしまいます。

 来年も、コロナ禍は続くかもしれません。このような不安定な時代に何が大切なのかを、今回は考察してみます。

 私なりにコロナ禍で実感した5点を、まずは順を追ってご紹介していきます。

① 経済の意味

 第一に、身に染みて分かったのは経済の意味です。経済を回すということは、ともするとお金のことと考えがちで、コロナ禍では経済か命かという議論が起きました。しかし、今の日本では経済と命は分けることはできずに、経済=命だったというのが私の結論です。

 そもそも経済とは「経世済民」の略で、国を治めて民を救済することを意味します。果たして今、そのような状況になっているでしょうか。

 日本は今まで、何度も経済的な大打撃を受けています。バブル崩壊やリーマンショックという経済危機もあれば、阪神淡路大震災や東日本大震災という天災も経済を直撃しました。その経験から、経済が回らないことの影響は政治家も経済界も分かっているはずです。

 ところが、今回のコロナ禍ではテレビでコメンテーターや専門家が「危険だ」「自粛すべきだ」と煽った結果、コロナの損害は小さいのに経済の損失は欧米と同程度になりました。GO TOキャンペーンという政策自体は最上の策とは言えませんが、委縮していた経済を動かすという点においては、それなりに効果はあったと思います。

 帝国データバンクによると、コロナの影響を受けた倒産は、全国で767件(2020124日現在)。リーマンショック時より少ないのは、国が給付金などで支援していることと、金融機関も緊急融資などに応じたことが理由であり、むしろ来年のほうが増えるという説もあります。

 そして、10月だけで自殺者は全国で2153人。去年の同じ時期より614人も増え、約40%も増加しています。コロナによる死者数は、10月は約200人です。

 これで経世済民と言えるのか、はなはだ疑問です。失業することで経済的な困窮もあり得ます。しかし、お金は給付金などの支援をすれば解決するかもしれませんが、仕事はお金だけではありません。

 最近、ギリシャの過疎の村で、オーガニックのトマトを作るおばあさんたちの奮闘を描いた「トマト畑のワーグナー」というドキュメンタリー作品を観ました。

 ギリシャの農業は機械化や農薬を使うのが主流になっています。イリアス村という住民33人の小さな村は、その流れに反して、オーガニックのトマトを育ててトマトソースなどを作って販売する挑戦を始めました。

 そのビジネスは、大学を出て都会で働いていた男性が、故郷に戻って高齢の農家をまとめて始めたものです。友人とともに、「我々の夢は革命を起こさずに世の中を変えること。金がなければ夢も見られないのはおかしい」と語っているのが印象的です。 

 音楽を聞かせるとトマトがよく育つという話を聞き、クラシック音楽を畑に流して栽培しています。

 その商品を海外に輸出したものの、売り上げは伸び悩び、おばあさんたちはやる気を失いかけてしまいました。そこで、おそらくギリシャを出たことがないだろうおばあさんたちをつれて海外のスーパーに出向き、どのような場所でどのように売られているかを目の当たりにすると、気持ちが変わっていきます。

 おそらく、そのビジネスがなければ、その村の高齢者たちは静かに自分の最期を迎えるしかなかったはずです。若者がいなくて、目立った産業もなく、寂れていく村。それは高齢化が進んでいる日本でもよく見られる光景です。仕事がなくなると自信を失い、孤独感が生まれます。

 人と物が動くことにより、お金だけではなく活気が生まれます。生きがいややりがいを生み、それを継続させることが経世済民になるのかもしれません。

 番組ラストで、「お前は誰か? 今、どこにいる? そして、どこへ行きたい?」というギリシャ神話に出て来る一節を紹介します。この問いは、働くとは何か、生きるとは何かという根源を問いているのだと思います。

② 専門家や政治家は当てにならない

 第二に、コロナ禍で気づいたのは、感染症の専門家や政治家、官僚やメディアの「当てにならなさ」です。私は医療の専門家でも、政治家や官僚でもありませんが、今回は自分なりに調べて数々の疑問点を感じました。

 日本は欧米よりも重症者数も死亡者数も圧倒的に少ないのは、データを見ても明らかです。データ上では第三波どころか、全部合わせても欧米の第一波にすら及びません。第三波と言われている最中も、東京は新規の重症者は最高でも1124日の10人(1210日現在)。死亡者は多い日でも8人ぐらい。

 それをなぜかメディアでは悲観的な数字しか伝えません。コロナ禍が始まってから、街中でバタバタ人が倒れているわけでもなければ、例年より死亡者が増えているわけでもない。むしろ、例年より減っています。本来なら「日本は感染をうまく抑え込んでいる」と絶賛してもいいぐらいなのに、台湾や韓国と比べて「日本はダメだ」という風潮にメディアは引っ張っています。アメリカでは25万人以上死亡しているのに、日本はなぜ2000人ぐらいで医療は崩壊するのでしょうか。

 メディアは不安を煽ったほうが視聴率をとれるから、意図的に正確なデータを伝えようとしていないのは明白です。それが元々のメディアの体質なので、仕方ないとも言える。

 しかし、専門家でさえ「42万人の死者が出る」と感情的に不安を煽る発言をし、医師会も数十人の重症者で「医療の現場がひっ迫する」と訴えます。毎年、インフルエンザや他の疾患でコロナを上回る重症者や死亡者が出ていることを知っているにもかかわらず、です。専門家や政治家もメディアのつくった世論に引っ張られています。

 そして、患者さんはコロナに感染するのが怖いからと、重い心臓病の人でさえ受診を控えたという話も耳にしました。その結果、全国の3分の2の病院が赤字経営に陥り、医師を解雇したり、看護師の給料をカットした病院もあります。

 そういう事態を避けるためにコロナの専門病院をつくるべきだと春から言われてきたのにもかかわらず、政府はいまだに何の手も打っていません。だから、医師会も自治体もずっと「医療がひっ迫している」と言い続ける事態になっています。

 私は医療現場や経済界の混乱を招いているのは、2月に新型コロナウイルスを感染症法の「二類感染症」と位置付けたことが発端ではないかと感じています。二類感染症に該当するのは、結核やジフテリア、SARSや鳥インフルエンザなど。つまり、結核と同じレベルの病気で、コレラや腸チフスよりも上だという基準になっているのです。だから無症状の人であっても、PCR検査で陽性となったら隔離することになりました。

 この点も、第一波が落ち着いてきたころに「見直しが必要ではないか」という意見が出ていました。インフルエンザよりも感染者数は少なく、症状の度合いもひどくはないので、インフルエンザと同じ五類でいいのではないか、との話があったのです。ところが、見直しは先送りとなりました。

 私たちができる感染対策はマスクと消毒、手洗いと自粛だと、盛んに言われています。もちろんやらないよりはマシかもしれませんが、それでも感染者は出ているので、これだけでは不十分なのは明らかです。そもそも非常事態宣言を出したのは、ピークを遅らせて時間を稼ぎ、その間に国や自治体が対策を打つはずでした。それがいつの間にか、自粛やマスク自体が目標にすり替わってしまったのが現状です。

 また、病院のスタッフが足りないなら、510倍の給料を払えば集まるはずです。その対策をとっても、GO TOキャンペーンの17000万円には遠く及びません。必要なところにお金を使ってないと国民も感じているから、GO TOキャンペーンに非難が集まっているのではないかと思います。

③ 孤独の害

 3つ目に痛感したのは、人との触れ合いの大切さです。

 多くの企業はリモートワークに切り替え、大学は今でもリモートで講義をしている学校もあり、人との触れ合いが極端に減りました。今年入学した大学生は一度もキャンパスに足を運んだこともなく、同級生にも会ってない状態が続きました。なかには、名簿だけを見て「この女の子、名前からしてかわいい気がする」と妄想する男子学生がいる、という悲しすぎる話を春ごろに聞きました。

 新入社員も仕事を教えてもらう前にリモートワークに入ってしまい、相当心細い思いをしたと思います。

 私は、リモートワークでできる仕事も授業もあると思いますが、「職場」「学校」という場は想像以上に大事なのではないかと実感しました。多くの人は、リモートワークが始まった当初は「会社に行かなくて済む!」と大喜びしていても、家にいると誰とも話さなくなって孤独感を抱えていたそうです。一人で作業しているのは、想像以上に寂しさが募るのでしょう。

 日本人は元々人と群れるのが好きな反面、既にできている「場」でないと人と交流できない面があります。道行く人と気軽に挨拶を交わす、なんてことはできません。ご近所づきあいも最近は減っていますし、友人ともメールやSNSで交流するぐらいの人が多いのではないでしょうか。だから会社や学校という場がないと、人との触れ合いが一気にゼロに近くなる人が増えるのではと感じます。

 自殺者が増えたのは、経済的に苦しくなったというのも理由でしょうが、人とのつながりがなくなり、孤独感が自殺の増加を加速させているのではないでしょうか。

 実は、私はこの半年間で多くのウナギ屋さんに足を運びました。

 以前、このコーナーでもウナギ屋から経営を学べるというコラムを書きました。

 私にとってウナギ屋に足を運ぶことは、単にウナギが好きだからということ以上に、仕事の在り方を学べるいい環境だからという理由があります。ウナギ屋さんは、自分の仕事観を鍛えなおす道場でもあります。

 自粛期間中に飲食店を訪問することについて是非はありますが、こんなときだからこそ店を応援するつもりで通いました。

 そして、客が減るこんな時期だからこそ、店主とコミュニケーションをとる絶好のチャンスだと考えていました。実際に、話しかけると喜ばれましたし、不安を口にする店主もいました。そのやりとりで店を続けるモチベーションに少しでも貢献できたなら、私としても本望です。

20201218

武元康明

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