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半蔵の心得

第13回 ヘッドハンターから見た日本の医療(前編)

 最近、アメリカ人の死亡の原因は、1位が心臓病で2位がガン、3位が医療ミスによる事故であるというニュースを耳にしました。年間で25万もの人が医療ミス事故で亡くなっているというデータもあるそうです。

 「アメリカの話でしょ?」と思うかもしれませんが、多くの先進国では入院患者の約0.4%が医療事故で死亡しているというデータがあり、これはほぼ一定です。日本で公表されている数字は、2016年の医療事故数は過去最多の3882件(公益財団法人日本医療機能評価機構の調査)。もしこれが正しいなら、他の先進国の10分の1になります。しかし、日本だけ少ないとは考えづらく、0.4%で計算すると、約48000人が医療事故で亡くなっていることになるのです。この矛盾は日本の医療の問題点の一つかもしれません。

 私は長年、医療業界のヘッドハンティングに携わってきました。約2300人の医師や医療関係者と会い、さまざまな経験を通して、日本の医療について深く知るようになってきました。今回は、日本の医療業界の光と影、そして未来の可能性について、私なりに感じていることについてお話します。

医療業界の問題点

 日本は少子高齢化が進み、GDP(実質国内総生産)の成長率は低迷しています。しかし、医療や介護の分野に私は可能性を感じています。なぜなら、世界に誇れる技術やサービスがあるからです。

 一方で、とくに医療業界はひじょうに保守的であり、閉鎖的でもあります。ヘッドハンティングをしていて経済界の案件とはまったく違うので、最初は戸惑うことばかりでした。

 保守的な理由の一つが大学病院の医局による人事です。(全てではないですが)医師はビジネスパーソンのように自由に転職できない環境に置かれています。

 医局制度は相撲の部屋制度に当てはめると分かりやすいでしょう。医局は親方である教授を頂点にする相撲部屋のようなもので、大学はさしずめ一門といったところです。力士が横綱になって親方になるのを目指すように、医師は教授になり、ゆくゆくは自分の医局を持つことを目指します。

 弟子は一度入門したら自由に他の相撲部屋に移ることはできないように、医師も他の医局の系列病院には基本的には移れません。その代わり、その医局に属していれば仕事に困ることはなく、新人の時は鍛えてもらえるのです。

 クライアントと候補者とのマッチングを図る時も、大学医局の存在を考えながら動かないとトラブルになってしまいます。そのような、世界でも特殊な医療業界において、まずは問題点について考察してみます。

 

■行政、教育面での問題

・医師の不足と偏在

 日本は病院の数は世界一多いのですが、医師の数は先進国の中でも少ないというアンバランスな状況になっています。日本は人口1000人あたりの医師の数は2.3人で、OECD加盟国の35ヶ国中30番目です。OECDの医師数の平均と比べると、日本の医師数は12万人も不足しています。そのため、一人の医師にかかる負担が大きくなり、何十時間も働きづめになっているのです。

 日本の医師の勤務時間は週平均70.3時間ですが、ヨーロッパ諸国では週平均4050時間という厚労省のデータもあります。当直明けの医師が、そのまま日中の診療を行うのも珍しい話ではありません。もっとも働き方改革が進まない業界だと言えるでしょう。

 なぜ、そのような状況になっているのでしょうか。

 1983年に旧厚生省の吉村仁保険局長が「医師が増えれば、医療費が増大する」「社会保障費が増えれば、日本経済が滅びる」という、「医療費亡国論」を発表しました。吉村局長は医師会や自民党の反対も振り切って、医師優遇の税制を改革し、健康保険のサラリーマンの2割自己負担を導入しました。さらに、医大の定数を削減し、医師の数を減らしたのです。当時も欧米では医療の高度専門化や高齢化社会を見込んで医師の数を増やす傾向があったので、時代の流れと逆行していたと言われています。

 その後、医師の数が足りなくなり、2008年にようやく医大の定員は増やされました。それから10年経つので、現場で働く医師の数はこれから増えていくかもしれません。

 政府は、医師の数は2028年ごろには充足するとし、2020年から再び医大の定員を削減しようとしています。しかし、医師一人当たりの労働時間を減らす前提で試算しているのかは疑問です。昨今話題になっている医学部入試の男女差別問題も、こういった背景がベースにあるからではないでしょうか。

 ただ、医師会や現場の医師からも「医師の偏在が問題であって、医師の数を増やす必要はない」「医学部の定員が増えたら質が下がった」と、否定的な意見が多いのも事実です。医師の数が増え、過当競争になり、歯科医のようになるのを恐れているのかもしれません。政府と医師会、医師の意見が一致しているのであれば、過酷な労働環境は改善されないままでしょう。そのしわ寄せが患者さんに行くというところまでは考えていないように感じます。

 

・厚生労働省が主導する業界になっている

 診療報酬の点数を決めているのは厚生労働省であり、医療機関が医療行為をするほど収入が増える報酬体系を定めているのも厚生労働省です。この制度は診療時間が加算されないので、一人当たりの治療時間が長くても短くても報酬は同じです。その結果、診療時間を短くして一人でも多く治療したほうがいいと、薄利多売の状態を招いてしまいます。それがいわゆる「3時間待って3分治療」になるのです。

 3分診療の批判が世の中で高まったころ、5分以上診察しないと点数が加算されないというルールが導入された時期があります。この時期はタイマーで診察時間を計っていた病院もありました。しかし、5分もかからずに診察できるケースもありますし、何十分もかけて診察しなければならないケースでも点数は変わらないので、現場からの批判が殺到してすぐにこのルールはなくなりました。

 このルールを導入したのは、一日に診察できる患者数が減れば、医療費を抑制できるからという国の思惑があったからと言われています。診療時間が短いのも長いのも、患者さん側に立った視点ではないのは明らかです。

 また、日本は新薬の認可が下りるまで時間がかかると言われ、海外ではスタンダードな治療ができるようになるまで周回遅れでは済まないぐらいの年数がかかります。一方で、海外では既に問題視されている治療法や薬が日本では推奨されるなど、患者さん主体の行政になっていないのも医療不信につながるのでしょう。

 日本の医療が患者さん主体にならないのは、医療のルールを決めている医系技官に問題があると、厚労省で医系技官の課長補佐を務めていた医師の村重直子氏は指摘しています。医系技官は医師免許がありながら、臨床の経験はほとんどないので、医療の現場をまったく知りません。英語の医学論文を読み解く力もないので、海外の情報を得られない井の中の蛙だと言います。しかも、2年ごとに配置換えがある。

 そういう人たちが医療のルールをつくり、管理しているのです。実態に即していない医療になるのも無理はないでしょう。

 

・情報の共有ができていない

 最近は「お薬手帳」を推奨する病院が増えていますが、それがどこまで活用できているのかは疑問です。たとえば、骨折して治療するために薬を飲んでいる患者さんが、お腹の具合が悪くなって内科の病院を受診すると、新たに薬を処方されます。さらに、耳鼻科にかかったら新たな薬を処方され、すべての薬を飲んだら副作用が起きて、副作用を抑えるために追加で薬が出るケースもあります。

 薬剤師には病名や診療、検査の情報は与えられないので、薬の飲み合わせぐらいしかチェックできません。こういう事態は、情報共有ができれば改善できるのではないでしょうか。

 5年ほど前、東邦大学とIBMが組んで、同大学医療センター大森病院が電子カルテで管理している5千万件以上のビッグデータを分析するシステムを開発したと話題になりました。徳島大学病院も早い段階でビッグデータを導入し、県内の複数の医療機関や保険センターで患者さんの診療データを共有し、糖尿病の症状に合わせて診療所や病院に紹介するシステムを構築しています。

 電子カルテを導入している病院は多くても、それを分析して活用するところまで出来ていないのが現状です。したがって、同じ病院内でもどの薬がどんな症例にどれぐらい効いたのかといったデータさえ蓄積されていないのです。データを共有すれば医療費の削減にもなると思います。

 また、日本の病院では、患者さんがセカンド・オピニオンで他の病院で治療したとき、一から検査をし直すのはよくある話です。これも他の病院とデータさえ共有できれば、避けられるでしょう。薬の重複も避けられます。最近、ようやく大病院が地域の小さな病院と連携して、データを共有できるようにしようという取り組みが始まった地域もありますが、まだまだ動きが鈍いようです。

 さらに、病院同士で情報共有できるようになれば、どこの病院でどのような治療をしているのかも分かります。

 たとえば知り合いから、「こういう症状で悩んでいるんだけれど、いい医師を紹介してもらえないか」と頼まれても、答えられる医師は少ないでしょう。それどころか、医師本人や家族が病気になっても、どこに行ったらいいのか分からないのが実状です。

 それは自分の専門分野以外で、他の病院にどのような医師がいて、どのような治療をしているのかを知らないからです。ネットの普及でかなり状況は改善されましたが、今も患者さんにとって病院探しは難しいのは変わりありません。

 

 

■医療者の問題

・医療者中心の医療

 これは私自身が経験したことですが、昨年脳ドックを受けた時に経過観察となり、薬を服用することになりました。その最中は、「脳に腫瘍でもできていたら……」と気が気ではありませんでしたが、再検査の結果、問題なしとなりました。しかし、途中で医師が交代になり、新しく担当になった医師から「私なら、その薬ではなく、こちらの薬のほうがマッチしていると思います」と言われ、驚きました。

 その医師になってからも3か月ごとに定期健診があり、薬が処方されましたが、診察で特段と説明はなく、途中で通院をやめてしまいました。

 こういった話はあちこちで耳にします。消化器系が患部だったにもかかわらず、入院すると検査をいくつも受けさせられ、まったく関係のない脳の検査までさせられたという話も聞きました。これも説明がないと本人には必要があるのかどうかが分かりません。それが医療不信にもつながるのでしょう。

 前述したように、一人あたりの医師の負担が大きいので、一人の患者さんに割ける時間が少なくなり、コミュニケーション不足につながるのではないでしょうか。

 

・事故やミスの隠ぺい

 数年前、群馬大学医学部付属病院で肝臓の腹腔鏡手術を受けた患者さん8人が亡くなったという報道がありました。アメリカの例もあるように、医療事故やミスはどうしても起きるものです。問題なのは隠蔽すること。その医師が担当した患者さんが次々に亡くなっているのに、病院側はそれを何年も調査も公表もせず、そのまま手術を担当させていたことです。

 未熟な腕の医師なら、再教育するなり、担当する業務を限定するなどすればいいと思うのですが、そういう体制が整っていないところに医療制度の不備があるのかもしれません。どんな医師でも最初から優れた治療ができるわけではありません。トレーニングは不可欠ですが、そのための犠牲は限りなくゼロを目指すべきだと思います。

 医師に権力が集中しているため、周りのスタッフが口出しできないのも、病院ぐるみで隠蔽する体質ができてしまう一因かもしれません。

 

 

■患者サイドの問題

・安全・安心を期待しすぎている

 患者さんに不要な薬や治療を施すのは、患者さんが求めているからという側面もあります。患者さんに「薬を出してほしい」「検査してほしい」と押し切られて、仕方なく希望通りに対処している場合も多々あります。

 医師専用コミュニティサイトを運営するメドビア株式会社が医師を対象に行ったアンケートによると、「薬を出さない医師は患者受けが悪いと感じたことはありますか?」の問いに、58.9%の医師が感じると回答しています。

 たとえば、咳が止まらずに病院に来た患者さんが、「肺がんかもしれないから検査してほしい」と言ったとします。医師は風邪だと思っていても、100%断言できないので、たとえ可能性が0.01%しかなかったとしても、後で発見されると誤診だと言われるので検査するしかなくなります。

 そういった事情も関係しているのか、日本の医療での放射線被ばくによる発がん率は世界で一番高いという英オックスフォード大の論文もあります。

 訴訟やセカンド・オピニオンが以前に比べると増えてきたのは、患者さんの医療に対する知識や情報が増えたからでしょう。それは喜ばしいことですが、高齢で難しい手術をして亡くなっても訴訟を起こすなど、安全・安心を求めすぎているように感じます。産婦人科医が減っているのも訴訟リスクが大きいからです。

 ミスはあってはならないし、失くさなくてはなりません。しかし、人間がやる以上どうしてもミスは起きます。もしミスが許されないなら、医師は何もできなくなるでしょう。患者さんが安全・安心を求めすぎると、病院は訴訟リスクを恐れて委縮してしまうので、結果的に適切な治療が行われないことになります。

 

・安易に病院に行きすぎている

 軽い風邪程度で受診したり、病院の待合室に常連の高齢の患者が毎日集まり、井戸端会議をするのは日本ならではの光景です。高齢者の行き場がないのかもしれません。 

 あちこちの病院をはしごして、飲みきれないほどの薬や使いきれない量の湿布をもらっている患者さんは多いと聞きます。高齢者が飲み残す薬の総額は年間で約500億円になるという試算もあります。それらが医療費を圧迫しているので、利用する側にも節度は必要でしょう。

~後編へつづく~

 

20181016

武元康明

手紙・名刺をお持ちの方