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半蔵の心得

第18回 今求められているコミュニケーションとは ~専門家時代の終焉 (前編)

 皆さんは、新入社員または転職で新しい会社に出勤した一日目を覚えていますか?

 まわりは知らない人ばかりで、右も左も分からず、不安な気持ちになったと思います。先輩社員や上司が話している内容も外国語のようで、まるで理解不能。これは環境に慣れていないのもありますが、その組織が閉じているからかもしれません。

 組織が閉じている原因の一つは、コミュニケーションの仕方にあります。

 今回、開かれた対人関係、組織をつくるためのコミュニケーションの方法を2回に渡って提案したいと思います。これからは相手が新入社員でも、顧客でも、取引先でも、誰にでも通じるコミュニケーションが大切になると思います。

 開かれたコミュニケーションによって仕事の効率もよくなりますし、コンプライアンスも守られるのと同時に、大企業病になるのを防げます。コミュニケーションの仕方で、皆さんの人生と企業の未来が決まるのです。

500回言い続けないと伝わらない

 「また同じミスをして。何回言えば分かるの?」と叱っている光景は、どこの職場や家庭でもよく見られるでしょう。

 実は、この「何回言えば」相手に分かってもらえるかを調べた方がいます。

 その方はベストセラー『学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶應大学に現役合格した話』(KADOKAWA)の著者、坪田信貴氏です。坪田氏は日経ビジネスのインタビューのなかで、「SV(主語・動詞)」「時制」「態」「ess(複数形)」の4つが英作文で大事だと生徒に毎日教え続けたところ、小テストで完璧にできるようになるまでに平均で500回ほどかかったと語っています。

 つまり、毎日仕事で小言を言い続けたとしても、分かってもらえるのに1年以上かかるかもしれないということでしょう。実際にはもっと早くわかってもらえるかもしれませんが、それぐらい根気よく伝え続ける覚悟が必要なのだと考えたほうがよさそうです。

 コミュニケーションが難しいのは、そもそも相手が初心者や部外者、年代や性別、民族によって価値観や考え方が違う場合です。分からない、伝わらないからスタートするのは当たり前です。

 一般的に、コミュニケーションでは何を話すか、どう伝えるかが重要視されていますが、私は「何がどう伝わったか」が一番大事なのだと思います。

 自分は「白」と伝えたつもりでも、相手に「黒」ととらえられるのは、よくある話です。我々は、そういう場合に「相手の理解力が足りないんだ」と、相手に問題があるように考えます。

 しかし、相手に「黒」と伝わっているのなら、それは伝える側の問題です。コミュニケーションの不具合は100%発信者の責任なので、相手が「白」ととらえられるような伝え方をしなければなりません。そして、それはテクニックだけでどうにかできるものではなく、相手の文化や歴史、価値観を理解し、相手の心に向き合わなくてはできないと思います。

 私はさまざまな企業や病院の幹部、ビジネスパーソンや医師、大学の教員など、あらゆる職種の方と日頃交流しています。どんな分野でも、どんな立場の方でも、たいてい悩んでいらっしゃるのはコミュニケーションの仕方です。相手が上司や部下だったり、患者や学生、妻子や夫といった違いはありますが、皆さん苦労されているようです。

 もちろん、私の仕事もコミュニケーションが「大事」どころか「すべて」と言っても過言ではありません。 

 以前からライフスタイルの多様化は言われていますが、近年ますます加速化しているように感じます。たとえば、今の若者は5歳違うと価値観がまったく異なります。今は「部下を叱るときは人前ではなく、1対1で」という考えは定着してきましたが、最近の新卒社員は人前で褒められるのすら嫌がる傾向があるという話を聞きました。

 「褒めるのなら、1対1の時にしてほしい」と頼まれるというのですから、世代によって何がOKで、何がNGなのかは、まったく分かりません。

 だからこそ、コミュニケーションのあり方を考えるべきだと思います。

「これだからゆとり世代は」などと決めつけてしまったら、相手とは永遠にコミュニケーションできません。実際には、外見や言葉、態度は違っても、本質的に同じ部分も多いのです。

コミュニケーションの2つのタイプ

 教育心理学を専門とされている東京外国語大学の田島充士准教授は、ロシアの文芸学者であるミハイル・バフチンの対話理論について研究されています。

 田島先生が『フロントライン教育研究』で発表されたバフチンに関する論文によると、 コミュニケーションの取り方には言語認識の「自動化」「異化」をともなう2つがあるとのことです。「自動化のコミュニケーション(会話)」は、仲間内だけで通用する言葉の意味を自動的に読み取り交流をすること。「異化のコミュニケーション(対話)」は、その言葉の意味を自動的に判断できる集団に属さない人に伝えるため,多様な関心や文脈的背景までの説明可能性を意識しながら(異化)交流をすることを言います。

 自動化のコミュニケーションのメリットは、意思疎通が簡単な点でしょう。相手の事情などを考慮せずに会話できるので、ひじょうに楽ですし、共通の言語でコミュニケーションできるため仲間意識も強くなります。

 デメリットは、その会話が通じない相手を排除する、閉塞的な集団になりやすくなる点です。

 対して、異化のコミュニケーションのメリットは自分の専門分野以外の人とコミュニケーションを取れるので、世界観が広がるところにあるでしょう。自分とは違う価値観の人も受け入れられるため、あらゆる世代、性別、国を超えて通じ合えるようになります。グローバル化社会で通用するのは、異化のコミュニケーションであるのは言うまでもありません。

 異化のコミュニケーションのデメリットは、相手に分かるような伝え方を考えなくてはならないので、時間がかかることぐらいしか思い浮かびません。

 皆さんは、こんな経験がありませんか?

 具合が悪くなって病院に行ったものの、医師が専門用語を使って病状を説明するので、何を質問したらいいのかさえも分からなかった。あるいは、パソコンの修理を頼もうとメーカーに問い合わせたら宇宙語のような言葉を羅列されて困り果てた。これらは、その集団や組織だけで通じる自動化された会話をされたから理解できなかったのです。

 私は、日本のさまざまな分野にはびこる自動化のコミュニケーションこそが多くの問題を生み出しているのだと思います。

 自動化で会話を交わすうちに慣習も共有するようになり、その結果、同調圧力が生まれます。自分達とは違う言葉、さらに言うなら違う思考、文化の人達を受け入れず、「自分達のやり方に従え」と圧力をかけるのです。そういう環境がつくられるとタブーも共有するようになり、癒着や忖度が過剰な文化が生まれます。

 日本はさまざまな分野で閉じた村社会が存在してきました。それが一気に白日の下にさらされたのは3.11の原発事故だったと思います。

 原子力村がいかに閉鎖的な集団であるのかが分かり、自動化の弊害を目の当たりにして日本人は覚醒したはずでした。ところが、8年経った現在も状況が大きく改善したとは思えません。

 日本人は教育水準が高く、一人一人の意識も高く、何をどう変えたらいいのかを分かっていると思います。それでも変えられないのは、コミュニケーションが自動化して硬直化し、内向きになりやすいからではないでしょうか。

 最近、厚生労働省の統計不正問題で国会が紛糾していますが、これはまさしく閉じた官僚村で起きた例でしょう。自分達にしか通用しない言葉で会話をしていると、組織が硬直化してしまいます。不正がいけないことだと分かっていても、前任者がやっていたから自分もやるという感じで、10年以上続いてきたのでしょう。

 このような閉じた社会を打破するには、異化コミュニケーションで世界を開くことが必要だと思います。 

 業界の常識は世間の非常識と言われるように、それぞれの業界にしか通用しない言葉、慣習は山ほどあります。それが官僚村、原子力村、医療村、ゼネコン村、不動産村などの閉じた世界を生み出し、内部で何が起きているのかが外部からは分からない状態になっているのです。

 それも徐々にネットやSNSにより誰もが簡単に専門知識を得られるようになり、さまざまな情報が公開され、各分野の垣根はなくなりつつあります。専門家時代は終わりを迎えているのです。

人はコミュニケーションで進化する生き物

 昨年の日経サイエンスの12月号で「新・人類学 ヒトはなぜ人間になったのか」という興味深い特集を組んでいました。人間を人間たらしめている特性をヒトはいかにして獲得し、発展させてきたのかという特集で、それによると従来考えられてきた自然淘汰や突然変異による遺伝子の変化だけではなく、人間はコミュニケーションによって文化をつくり進化してきたそうです。要するに、ヒトがヒトを進化させたのです。

 豪クイーンズランド大学のトーマス・ズデンドルフ氏の論文によると、人間と動物の心の違いは、複雑なシナリオを構築することと、他者と考えを交換することの2つにあるそうです。動物も親子や同じ種でコミュニケーションを取りますし、チンパンジーは洞察することもあれば、仲間を慰めたり、社会的伝統を維持する能力もあります。

 しかし、他者の考えを想像する能力は人間特有の能力のようです。日本人は「相手の立場に立って考えなさい」と子供のころから言い聞かされて育ちますが、相手の状況や心情などを想像できるのは、人間ならではです。これが複雑なシナリオを構築することに当たります。

 さらに、人間は「互いの心を結び付けたいという欲求」があるとのこと。これは他者と考えを交換したいという人間の欲求に基づいた衝動であり、恋愛でも友人同士でも家族間でも職場でも、誰もが自然に持つ欲求です。誰かの心と結びつきたいからコミュニケーションを取るのです。

 加えて、英セント・アンドルーズ大学のケビン・ラランド氏の論文によると、動物は模倣をしても「教育」はしません。チンパンジーがアリ塚に枝を突っ込んでアリを食べるのは有名な話ですが、仲間がその姿を見たら同じ方法でアリを取ります。しかし、「こうやったらアリを取れるんだ」と仲間に教えることはありません。

 だからチンパンジーに道具を持たせたら、人の動作をマネして使うことはできても、それを仲間には教えられず、そこから新しい工夫を生み出せないのです。人間が他の動物よりも数が多く、高い知力を持っているのは、他の人がやっていることを正確に模倣し、それを別の人に伝達する能力があるからです。人間だけが言語を話せるのは、言語は教育の負担を低くし、精度を高めて、その範囲を広げるためにつくられたのではないかとのこと。そうやって文化やテクノロジーが発展し、それに合わせて自らを進化させてきたのです。

 つまり、言葉や教育といったコミュニケーションでヒトは進化してきたということでしょう。コミュニケーションによって進化してきたのであれば、これからもコミュニケーションを取り続けないと進化が止まってしまうのではないでしょうか。~後編へつづく(35日公開予定)~

2019220

武元康明

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