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半蔵の心得

第19回 今求められているコミュニケーションとは ~専門家時代の終焉 (後編)

 前篇では現在のコミュニケーションの問題点と、コミュニケーションには2つのタイプ(自動化と異化)があるというお話をしました。後篇では、具体的にどうすれば「開いたコミュニケーション」になるのかについて考察します。

コミュニケーションの「心技体」

 今までのコラムで「心技体」についてお話してきましたが、私はコミュニケーションにも心技体があるのだと考えています。

 心:心構え、思いやり、誠意、信念、感情

 技:スキル、テクニック、知識、経験

 体:体の健康、外見、声や雰囲気

 コミュニケーションの「技」に関しては、コミュニケーション本が無数に出ていますし、社内の研修でお客様や部下、上司とのコミュニケーションの取り方を学ぶでしょう。日本のサービス業は世界的に素晴らしいと言われているように、コミュニケーションの「技」は多くの人が既に身につけていると思います。

 さらに、身体の調子が悪いと不機嫌になるなど、「体」とコミュニケーションも切り離して考えられません。私も、候補者の方と会う時は、外見や声、雰囲気などをチェックしています。太り気味だと「体調管理をあまりしていないのかな」と感じますし、顔色が悪いと「どこか悪いのかもしれない」と思います。これもコミュニケーションでは重要な要素なので、気を付けている方は多いでしょう。

 それでは、「心」はどうでしょうか。

 たとえば、医療の世界では、最近は患者さんの訴えに対して、「それは大変でしたね」と言葉では共感を示す医師が多いと思います。もしその時パソコンの画面をずっと見たまま、患者さんと目を合わすこともなく会話をしているなら、そこに「心」はないのではないでしょうか。パソコンから1秒も目を離さずに診療している医師に、患者さんが「先生、たまには聴診器で診てください」と言ったら、いきなりパソコンのマウスを胸にあてたというジョークもあるぐらいです。

 もちろん、それは医療に限らず、多くのビジネスでよく見かける傾向です。傾聴が大事だと言われているので、部下の話に耳を傾けようとする上司は多いと思いますが、表面だけになりがちです。コミュニケーションを取っているつもりでも、実際には取れていないケースが大半でしょう。

 それはやはり「心」が伴っていないから。時間に追われるなか、心のあるコミュニケーションを維持するのは至難の業です。

 最近、ニューズウィークでパリの教会の地下に、三ツ星レストランのシェフが大学教授や一流企業のビジネスパーソンなどのボランティアと共に無料のレストランを開いているという記事を読みました。そのレストランのお客様は、路上生活者や難民、移民などの生活に困っている人達です。

 これはシェフやボランティアが普段接していない人達とコミュニケーションを取り、「心」を取り戻す場なのかもしれません。そういう場があると人生が豊かになるのではないでしょうか。

「相手の関心」に関心を持つ

 「心」を伴うコミュニケーションをするための一つの手段が、「相手の関心に関心を持つ」ことだと思います。

 これは事業再生を手がける企業の経営者であり、沖縄大学の人文学部の准教授である樋口耕太郎さんが提唱していらっしゃいます。樋口さんは講義の時に、教室が暗くても電気をつけずに学生さん達が座っている光景を見て衝撃を受けたそうです。その理由は、電気をつけるという行為さえ、目立つから嫌なのだとか。カルチャーショックを受けながら、樋口さんがたどりついた一つの答えは、相手に関心を持つだけでなく、相手の関心にまで意識を向けなければならないということでした。

 まず相手を好きになり(第一印象が良くなかったとしても好きになる努力が大切)、関心を持ち、相手が何を思い、考えているのかを推し量る。相手の関心に関心を持つというのは、そういうことかもしれません。

 相手と自分の共通の関心事を話題にするのは簡単ですが、自分が関心のないことを話したり聞いたりするのは容易ではないでしょう。そもそも、相手と自分には共通の関心事があると思っていても、それは自分から見た関心事にすぎません。だから、相手が関心を持っていることを知ろうとする姿勢が必要だというのが、樋口さんの考えです。

 そうは言っても、相手の関心に関心を持つのはとても難しいことです。相手が楽しそうに話しているのに、「退屈だな」とスマフォをいじったり、他のことを考えていた経験はありませんか?

 私も話し出したら止まらないクライアントや候補者の方と話すこともありますが、次に約束でも入っていない限りは、相手の話にずっと耳を傾けています。まず相手の話を聴かないと相手の人となりが分かりませんし、相手の関心を知れば本心が分かるからです。

 もちろん、その時は「心」だけではなく、「技」と「体」も使います。相槌の打ち方、能動的な聞き方、表情、身だしなみなど、最大限使ったうえでの「心」です。

 候補者の方の面談では事前にあらゆる情報を仕入れてはいますが、やはり最終的に決め手になるのは、相手とのコミュニケーションによって知った情報や感触です。それも、何度も顔を合わせて、ようやく「心」に触れられるのだと思います。

 私はよく利用するホテルで、あるホテルマンの方と知り合いになりました。いつも笑顔で丁寧に対応されていて、「感じのいい方だな」と思っていたのですが、ある日、過去に商社に勤めていたというプライベートの話になりました。 

 たまたま、その時私が担当していた案件で海外に進出しようとしている医療法人があり、海外事業の担当者を探しているところでした。商社ともホテルともまったく畑違いの分野ですが、医療業界の将来性などを説明したところ、「海外で一から開拓できるのは面白そうだ」と興味を示されました。そこで、医療法人に紹介することになり、その案件はとんとん拍子で決まりました(なお、ご本人のプライバシー保護のために、設定をアレンジしております)。

 これは相手の関心に関心を持ったからこそ、話がまとまったのだと思います。もし、ホテルマンの方と話しているときに関心を持っていなかったら、目の前の原石に気付かなかったでしょう。相手を深く知るところから、思いがけないチャンスが生まれることもあるのです。

武元流コミュニケーション5か条

 それでは、ここで私が日頃コミュニケーションを取るために心掛けていることをご紹介します。

 

1、相手によって使い分けない

 コミュニケーション関連本では、対部下、対上司、対女性、対顧客、対子供……と、相手によってどのようにコミュニケーションを取ればいいのかを解説する本が一般的です。 

 しかし、私は相手の年齢や性別、立場によってコミュニケーションは使い分けるものではないと考えています。使い分けをする姿勢・心理があること自体が、どこかで綻びがでると思うからです。

 私は職場で、「仕事をしなさい」と社員に言ったことは一度もありません。細かい作業に目を光らせるのではなく、ビジョンを語ることがリーダーの役目だと思っています。

 また、家族に対してもいわゆる父親的なふるまいをしていません。命令口調で「あれやれ、これやれ」と指示をしたことはありませんし、感情的に怒鳴りつけるなど、もってのほかです。

 娘に対しては、「型にはめる」ような会話・対話をせず、創造性を伸ばしてあげるよう心掛けてきたと思います。「勉強しなさい」とは一度も言ったことがありませんが、1つだけ今も継続しているのは、外出する前に必ず「今日も一日楽しんでね」と声をかけること。約20年、毎日言い続けています。

 家内とは時々ケンカしますが、いつも家を守ってくれているので感謝する気持ちを忘れないように心がけています。

 もちろん、会食する時や買い物する時など外部で接する人々に対しても、コミュニケーションを使い分けたりしません。仕事とプライベートの切り替えはあっても、コミュニケーションの切り替えはないというのが私のスタンスです。

 「親しき仲にも礼儀あり」は、今もっとも求められているコミュニケーションなのです。

 

2、相手の話を聞く

 「聞く力」「傾聴力」というテーマの本は無数に出ているので、相手の話を聴くことがいかに大事なのかは、多くの人は理解しているだろうと思います。しかし、前述したように、相手の話を「聞いているつもり」になっているだけで、実際には聞いてない人が大半かもしれません。

 私はクライアントや候補者から話を引き出さないと何も進められないという職業でもあるので、自然と相手の話に耳を傾ける習慣が身に着いたと思います。

実際に実行している方は分かると思いますが、「話を聴く」のは、それほど単純なスキルではありません。相手の話の一言一句を聞きもらさないぐらいに話を聴き続けるのは、相当なエネルギーを使います。私は毎回、面談の後はしばらくグッタリするぐらい「全身を耳にして」聞いています。

 私から見ても、コミュニケーションを取るのが上手な方は、総じて聞き上手です。

 孔子の『論語』では、人間性を知者と仁者の2つに分けています。知のヒトは心が活発、流れゆく水を好み、快活に人生を楽しむタイプ。仁のヒトは心が落ち着き、不動の山を好み、心やすらかに生きる長寿のタイプ。どちらのタイプがいいという話ではなく、バランスが重要なのです。

 私は、知者は「自分が話す割合」、仁者は「人の話を聴く割合」に出てくると考えています。理想的なのは5:5。私が会う医師は知者:仁者の割合は5:5が多く、経済界は6:4の割合が多いというのが実感です。

 

3、きれいな言葉を用いる

 以前、京セラ創業者の稲盛和夫さんがテレビで、「沖合に2艘の帆をはったヨットがいたとします。それを浜辺から見たときに、きれいな言葉を発して会話するとその帆は白く綺麗に見えますが、ネガティブな言葉を多く用いて会話をするとその帆は黒く見えてしまいます」と仰っていたのが印象的でした。それ以来、私は話すときもメールの文面でも、きれいな言葉を用いるように努力しています。

 おそらく、きれいな言葉を使っている企業ではセクハラやパワハラは起きづらいのではないでしょうか。乱暴な言葉を使う企業やスポーツの団体は、そういう問題が起きやすい気がします。

 言葉は人の意識をつくります。多くの人の意識が集まった会社でネガティブな言葉が飛び交っていたら、社員はどんどん活気がなくなります。私が過去に担当した案件でも、そういう企業はありました。

 だからリーダーはきれいな言葉を意識して使うべきだと思います。

 きれいな言葉と言っても、難しく考える必要はありません。

 相手が目下の人であっても子供であっても敬称をつけて、「ですます」調で丁寧に話をすることから始めれば格段ときれいな言葉になります。

 

4、話の順序に気を付ける

 私はクライアントや候補者と話すときに、大局→中局→小局の順に話すように心がけています。

 多くの方と出会ってきましたが、優れた人物は、まず大局的な視点から物事を見て語り、そして中局、小局へと順序立てて話していることに気付きました。この順番なら話が伝わりやすいのです。

 たとえば、候補者の方との面談の時は、いきなり条件面などの小局の話をするのではなく、医師の方に対しては、今後の日本の医療業界がどのような方向に向かっているのかについてお話します。これは大局について知らないと、今後の自分のキャリアをどう構築していくか判断できないだろう、と考えているからです。医療で街づくりをしようとする動きが加速するなかで、自分はどのような貢献ができるのかという意識を持てなければ、次の一歩は踏み出せないでしょう。

 そもそも、小局から話したら、単に病院から病院に転職するだけの話になってしまいます。それなら転職サイトに登録するのと変わりませんので、「心」を重視するなら、時間がかかっても大局から話すのが重要だと考えています。

 

5、挨拶をする

 社会人としてというより、人間として当たり前の行為ですが、実際にはそれほど挨拶を重視している人はいないように感じています。

 皆さんは、誰が相手であっても「自分から」挨拶しているでしょうか?

 自分より年下、あるいは立場が下の人に対しても自分から挨拶しているのは、少数派ではないでしょうか。年配のベテラン社員が自分から新入社員に挨拶している場面を、私はほとんど見たことがありません。

『論語』には、「人にして仁ならずんば、礼をいかにせん。人にして仁ならずんば、楽をいかにせん」という言葉が出てきます。

「人を思いやる気持ちがなければ、礼儀正しくしていても何の意味があるだろう。人を思いやる気持ちのない人が楽器を奏でても、無意味だ」という意味です。

 まさに、コミュニケーションは「技」よりも「心」。自分から挨拶できないのなら、「仁」(人を思いやる気持ち)が欠けているということでしょう。

 そもそも、挨拶は相手の心の扉を開けるための大切な一言。これがないと相手の心の扉は固く閉ざされたままなので、挨拶は相手の関心に関心を持つための第一歩なのです。

 

 ここまで述べてきたように、私はコミュニケーションの「技」に関しては特別なテクニックを持っているわけではありません。多くのコミュニケーション本で説かれているような王道ばかりでしょう。

 最近は、トラブルや交渉を乗り切るために、心理学を駆使したり、人を操るようなさまざまなテクニックが紹介されています。謝罪会見では、「ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」と上体を45度傾け、10秒ぐらい静止するのがいい、10秒では長すぎると言ったさまざまな意見があります。いずれにせよ、それらは「形」であり、心がこもっていなくては意味がありません。政治家の心のない謝罪の言葉も、もはや聞き飽きたでしょう。

 日本社会は戦後、素晴らしい発展を遂げてきました。しかし、現在は勢いがなくなり、さまざまなほころびが見えはじめています。それは、経済を重視するあまり合理主義や功利主義に陥り、心や感情を軽視するようになったからではないでしょうか。その原因の一つは言葉が形骸化し、コミュニケーションに心がなくなってしまったからだと思います。  

 人間がさらに進化していくためには、よいコミュニケーションをもとにした文化の生成が不可欠です。そしてそのコミュニケーションは心に始まり、心に終わるのではないでしょうか。

 みんながよい心、良心を取り戻してコミュニケーションをすれば、自分を取り巻く環境が変わっていくでしょう。そんな小さな改革が国の未来を明るい方向に導いていくのではないかと、私は信じています。

 

201935

武元康明

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