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半蔵の心得

第20回 令和の奇跡を起こそう(前編)

 昨今、日本はすごい国なんだ!と強調するテレビ番組が増加しているように感じます。海外に出向いて現地の人に知っている日本人の名前を挙げてもらう、というものまであり、過剰に日本を持ち上げている印象を受けることもあります。

 日本が素晴らしい国であるのは間違いありません。しかし一方で、戦後はアメリカの属国となっていると指摘する識者も大勢います。令和に元号が変わり、令和時代への期待感が高まっていますが、平成から続く日本の問題は何も解決していないのです。

 今回は、日本が復活し、真の独立国になるためにどうすればいいのか、そのヒントを考えてみたいと思います。

日本は落ちるところまで落ちるしかない!?

 おめでたいムードのなか、水を差すような見出しになってしまいました。

 しかし、心の片隅でこのように思っている方も少なくないのではないでしょうか。

 無論、日本の零落を望んでいるわけではありません。とはいえ、日本がこのまま衰退していくのを止めるのは難しいでしょう。

 最近、世界的な投資家の一人であるジム・ロジャーズ氏が「もし私がいま10歳の日本人ならば、この国を去ることを選ぶだろう」と発言したことが話題になっています。

 周知のことですが、現在日本銀行は紙幣を大量に刷って日本の国債や日本企業の株を買っています。2020年末には日銀が日本最大の株主となる見通しだという報道もありました。既に多くの企業で日銀が筆頭株主になっているこの状態は、資本主義の国ではありえないことです。

 そのような日本の様子を見て、「株価は上がるから投資家にとっては好都合だけれども、日本国民にとっては借金が膨れ上がるだけなので、いずれツケが回ってくる」とロジャーズ氏は警告しているのです。

  

 また、借金以外にも日本は多くの問題を抱えています。

 はじめに人口問題。人口減と少子化は70年代から指摘されていましたが、今に至るまでに抜本的な改革はされていません。日本が戦後、高度経済成長期で飛躍的に発展したのは、単純に人口が増えたからだという説もあります。人口が増えない限り、経済は再び成長軌道に乗らないということです。

 また、教育改革は未だ迷走状態の感をぬぐえません。学歴重視の詰め込み式の学習への反省からゆとり教育が導入されたものの、授業数を減らすのに合わせて教える内容も減らした結果、学力が落ちてしまいました。そして、ゆとり教育の廃止以降は詰め込み式への揺り戻しが生じています。その結果、いまや企業の新卒採用は東大・京大・早慶の学生に集中し、その4校の学生の採用が決まってから他の大学の学生に順番が回ってくるという、従来以上の学歴社会が誕生したのです。

 もちろん、エリート層は国の中枢を担う大事な人材であり、それ自体を否定するつもりはありません。しかし、海外のエリートがリベラルアーツを学び全人力を磨いているのに対し、日本では相変わらずテキスト重視の学問を続けています。全人力に欠けている日本人は海外での交渉には弱く、学歴偏重によって創造力も低下しています。新しいことにチャレンジするより、失敗を過剰に恐れてしまうのです。これにより、社会はどんどん委縮しています。

 さらに、新しい産業を生み出す力がなく、AIの技術はアメリカや中国に水をあけられ、存在感がますますなくなって来ています。

 また、バブル崩壊以降の企業の経営方針も大きな問題を孕んでいます。現在、企業の内部留保は増加し、非正規雇用の社員は全雇用者の4割を占めています。 

 つまり、企業は人材にかけるコストを削減し続けているということです。

 「企業は人なり」というのは松下幸之助さんの有名な言葉ですが、人材を大切にしていた日本企業が、バブル崩壊後に一気に逆方向に向かってしまったというのが、私の平成時代に対する印象です。人材をないがしろにする方向に進んだことこそ、日本の国力を弱らせた最大の原因かもしれません。

 また、すべての分野で既得権益層が実権を握って離さず、岩盤規制を崩せないという構図は変わっていませんし、天下りも結局なくならないままです。今明るい見通しを語っているのは 上級国民と呼ばれている官僚や与党政治家、与党からの恩恵を受けている人達ぐらいです。

  

 多くの識者が、230年前から「このままでは日本は沈んでいく」と警告をし、どうすればいいのかも示してきたのに、平成の30年間では何も変わりませんでした。 何回も改革のチャンスがあり、どうすればいいのかも分かっているのに、変えることができないことが一番の問題だと思います。

 とはいえ、日本のどん底から這い上がる力は並外れています。日本はアジアでもっとも早く近代化に成功し、インフラを構築しました。また、戦後の復興から、高度経済成長期とバブル期を経て、一時期は世界第二位の経済大国にまでなりました。

 同じように、この国は必ず再興することができると、私は信じているのです。

 次項では、ヘッドハンターの目線から日本再興のためのヒントを提案したいと思います。

どうすれば生き残れるのか

 再興のためには、まず皆さんと皆さんの会社が生き残らなくてはなりません。そのための生存戦略を、数々の激動の時代を生き残ってきた長寿企業から学びましょう。

 日本には創業してから100年を超える長寿企業が35000社以上あり、その数は世界一を誇ります。

 私の愛読書の一冊である、『長寿企業のリスクマネジメント』(後藤俊夫著 第一法規)では数多くの長寿企業を紹介し、長寿の秘訣を分析しています。創業者精神や経営理念が従業員にも浸透している、地域社会と共存共栄するように努める、社会や環境の変化に敏感であるなど、長寿企業から学べる要素は多々あります。

 今回はその中の一つ、明治43年創業のシャボン玉石けん株式会社に注目したいと思います。この会社は当初石けんの卸業者でしたが、戦後、洗濯機が普及するのに伴い、合成洗剤を製造して販売するようになりました。売り上げは好調だったのですが、二代目社長は原因不明の湿疹に長年悩まされていました。

 ある年、国鉄から合成洗剤で機関車を洗うと車体が錆びるので、無添加せっけんを作ってほしいと依頼されます。その石けんを試しに自分でも使ってみると、なんと湿疹が治りました。これを転機に、以降無添加せっけんの製造・販売に切り替えていきました。

 しかし、無添加せっけんは合成洗剤よりも割高だったため、売り上げは急落します。月に8000万円もあった売り上げは78万円にまで減り、100名いた社員は5名に減ってしまいました。それでも体に悪いものを売るわけにはいかないと無添加せっけんを作り続けたのです。

 赤字は17年間も続きましたが、二代目社長が無添加せっけんを紹介した本が話題になり、全国的に知られるようになりました。

 現在は三代目社長が後を継ぎ、年商60億円、社員70名の会社に成長しました。20代、30代の社員が多く、社員は会社や自社の製品に対して深い愛着を持っている人が多いのだそうです。

 たとえ経営難になっても「健康な体ときれいな水を守る」という理念を貫き通したことで企業が存続したのは間違いありません。決して損得勘定だけに走らず、世の中に安全安心な商品を提供するために妥協をしない姿勢に、学ぶべき点は多いのではないでしょうか。

対して、会社の理念を忘れたことで先細っていった企業の例もあります。

 長寿企業としてよく取り上げられる金剛組は、世界でもっとも古い企業です。大阪にある社寺建築の会社で、1440年以上も続いています。初代は聖徳太子から命じられて四天王寺を建てたというのですから、まさに歴史の中で生きてきた会社と言えるでしょう。

 そんな金剛組も、過去に何度も倒産の危機に陥りました。近いところでは2005年、倒産寸前まで行きました。金剛組で語り継がれてきた「身の丈を超えてはいけない」という教えを破り、バブル期にはマンションやオフィスビルの建設に乗り出したのが原因です。バブル崩壊後に経営は悪化の一途をたどり、自力で再建できず、民事再生の手続きをする寸前に至りました。

  結果的には高松建設グループの傘下に入ることになり、創業者一族以外の人が経営者となりました。高松建設が「つぶすわけにはいかない」と手を差し伸べ、社寺建築専門に戻り何とか継続しているのです。

 この2つの例を比べると、いかに経営理念を守ることが大事なのかが分かります。金剛組は利益を重視し、企業を大きくするために拡大拡張路線に走って身の丈を超えてしまったのでしょう。

  経営理念や哲学といった目に見えない精神は、ともすればないがしろにされてしまいます。長寿企業であればあるほど、その時の経営者や従業員から「時代に合わない」と思われがちです。

 しかし、その企業がどんな浮き沈みにあっても、経営理念や哲学というよりどころがあれば再生できます。そういう目に見えないもののなかにこそ、生き残りのヒントがあるのではないでしょうか。

人材の流動化が進みすぎて失うもの

 私が過去に担当した案件の中にも長寿企業があります。

 今から15年ほど前、ある製造業の長寿企業から中堅社員を探してほしいという依頼を受けました。

 ところが、候補者として声をかけた方すべてから、「同業なら行きません」ときっぱりと断られたのです。競業避止義務が雇用契約で盛り込まれていたこともあるかもしれませんが、私はむしろ自分達の帰属する企業への愛社精神を感じました。

 こういう場合、目先のことを考えるのなら、別の業界から人材を登用して乗り切ろうとするでしょう。しかし、その長寿企業は新卒社員を強化する方向性に舵を切ったのです。

 新卒社員を一から育てていくのには時間もコストもかかり、戦力になるまでには10年以上の時間を要します。だからヘッドハンターを利用して中堅社員を探していたのですが、目先の利益よりも自社に合った人材を育てていくことを選んだのです。

 そこで私の仕事も、人材の発掘から「大学での有力人材調査」へ変更となり、約50名近い人材の調査結果を報告して終えました。

 私はこの案件を通して、人材育成の大切さを考えるようになりました。

 このクライアントは長寿企業だからこそ、長期的に人材を育てていくという選択をできたのかもしれません。今は即戦力が重視され、ベンチャー企業では「人材が常に流動しているのがいい企業」という風潮になって来ています。だから若手社員が23年で転職しても当たり前。むしろ、そういう会社の方が優秀な社員が集まりやすいと言われています。

 しかし、それで会社は生き残っていけるのでしょうか?

 会社が危機に陥ったとき、一緒に踏ん張ってくれる社員はいるのでしょうか?

 会社が保守的になり、閉鎖的になると企業は衰退します。それを防ぐために社内の風通しをよくすることはもちろん大切です。しかし、人材の流動化が進みすぎると業績以外は何も残らない会社になるのではないかと感じます。

 グローバル化を進めるにしても、何でも欧米に倣うのが正解ではありません。新たな時代は日本らしい企業のあり方を見つめ直すターニングポイントに来ているのではないでしょうか。

~後編へつづく

2019514

武元康明

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