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第二のふるさと、福岡

福岡県

福岡に仕事で着任したのは1996年8月のこと、航空会社の営業職として。その1年半後に、今の人材ビジネスへと転職した。

その後、東京と行き来をしつつも福岡には約12年住んでいたことになる。

妻との出会いのほか、様々な人との不思議なご縁も多く…何気ない思い出も多い土地だ。

航空会社時代、ヨットで能古島を周回するレースの事務局として船に乗り込んだときの光景。なぜだかひどく鮮明に覚えている。

最寄駅には開店前から長蛇の列が出来る海鮮居酒屋があった。並ぶのも面倒なうえ、当時の給料からすると料金も高い。横目に見つつ隣のビールバーで仕事の疲れを癒した。

徒歩15分圏内にはヤフードームがあるももち浜エリアがあり、よく散歩したものである。

娘の小学校までの通学路は、春になると美しい桜が立ち並んだ。起業してすぐのことで、家に帰れるのは週末のみ。学校行事に参加した記憶はあまりないが、あの桜並木の光景は忘れられない。

こうして振り返ってみると、いろいろな場所に思い出とも呼べない思い出が散らばっているものである。それこそが、「住む」ということなのだろうか。

観光スポットが多数あるわけではないが、衣食住のバランスがとてもよく、「来るものは拒まず、去る者も追わず」という気風も私に合っていた。上司・同僚たち、クライアント・候補者…おしなべてさばけた人ばかりだったのも印象的である。

そういえば、ある有名企業の若手は福岡へ転勤後、山笠に参加する機会があったらしく、すっかり魅了されてしまった。数年後、東京本社への転勤辞令が出たにもかかわらず「山笠がしたいから」と福岡の企業へ転職。その転職に私が一枚噛むことになり、彼を知った。その後、その地で結婚。私も福岡に転勤して福岡で結婚したため、デジャブを見ているように感じたものだ。

つらつらととりとめもなく昔語りをしてしまったが、福岡が私の第二の故郷である、という結論になるのだろう。飛行機の窓から福岡空港前の看板が見えると、口をつくのはやはり「ただいま」の一言であった。

2020年2月12日

武元康明

半蔵が食べた福岡県のうなぎ屋

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