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絶滅危惧種を食す〜うなぎと私〜

SDGs(エスディージーズ)という言葉を聞いたことがあるだろうか。Sustainable Development Goals=持続可能な開発目標の略称であり、2015年国連サミットで採択された「我々の世界を変革する:持続可能な開発のための2030アジェンダ」の中で示された指針である。

お恥ずかしい話だが、私はこれまで環境問題などについて真剣に考えたことがなかった。「サスティナブル」が今のトレンドワードであることは確かだが、自然災害が増えただとか、資源が足りないだとか……そうしたことはどこか遠い世界の話のように感じていたのだ。

人間の視野は非常に狭い。世界平和を願うよりもまず、自分や家族の健康を大切にしてしまうのは仕方ないことだと思う。

しかし、この「サスティナブル」という言葉は、私にとって驚くほど身近なものに深く関係していた。うなぎ——私の生活に必要不可欠な、愛する食材は今、「うなぎの絶滅」という深刻な問題に直面しているのだ。

 

うなぎの問題については、ぜひともこちらのサイト(中央大学法学部/ウナギ保全研究ユニット/ウナギの基礎知識/)を参考にしてほしい。私がこのコラムで要約するより、専門家の方が書いたわかりやすいものを読んでもらうほうが、正確に情報が伝わるだろう。

 

海部先生のこの記事を読む数日前、麻布十番の「時任」というお店に伺った。店主の経営ポリシーは「少ない資源(うなぎ)を有効・適格に提供する」こと。一人当たりに提供するうなぎの量は少なめだが、十分に楽しみ満足できるメニューを開発して、資源問題の解決の糸口を探っている。

自分にできることを模索している店主に大変感銘を受けたと同時に、何も考えずにうなぎを食べ歩いていた自分が恥ずかしくなった。

数々の鰻屋に訪れ、たくさんうなぎを食してきたことを誇りに思ってきた。だがしかし、うなぎを食べることはすなわち、絶滅危惧種を食べるということなのである。きちんとした制度や制限が設けられることなくうなぎを消費し続けたら、私もうなぎを食べられなくなる日が来るかもしれない。ぞっとする事態だ。

 

やたら「サスティナブル」という言葉を強調する世界だなあ、と他人事でいるのはもうやめよう。うなぎを通して卑近な問題として環境問題を捉えるようになり、こう誓った私である。その流れでいろいろと調べていき、前述の海部先生のブログも見つけたというわけだ。

うなぎに関しては、昨年近畿大学が完全養殖に初めて成功するなど明るいニュースもある。しかし、実際市場に出回るのにはまだまだ時間がかかるようだ。今、この瞬間も進んでいる問題に対して、私自身はどう向き合うべきなのだろう……うなぎの消費に関する問題について知れば知るほど、かえって何をすべきか分からなくなるような気がした。迷子の子供さながらの覚束なさだ。

とはいえ、何も考えない自分にはもう戻れない。うなぎを食べないようにする、というのは安直な結論だし、人生の楽しみを失ってしまうことになる。だから今後もうなぎを食べるのだろう。でも同時に、「うなぎのために何ができるか」と問い続けながら一口一口を噛みしめるところから始めたいと思う。鰻屋巡りのことを「うなぎ修行」と呼んできたのだが、いよいよ「修行」色が強くなってきたようである。

 

SDGsは、うなぎ問題が関わる食料・環境・海洋問題だけでなく、貧困やジェンダー問題にも言及するものだ。今後ビジネス業界でも、SDGsを踏まえた改革が進んでいくことだろう。

しかしながら、いくらトップダウンでこうした提唱をしても、なかなか個人レベルでの意識改革には繋がらない。繰り返しになるのが、人間の視野は狭いのだ。視野が狭い、というか、「自分が生きていくので精一杯」という方が正しいのかもしれない。「我が身」に関わる問題として認識されないとどうしようもないのだ。

こうした「当事者意識」の糸口が、私の場合うなぎへの愛だった。好きなものの緊急事態に、危機感を覚えずにはいられない。

私と同じように「当事者意識」のきっかけが「好き」ということは多いのではないか。愛を持って何かに向き合えば、それに関わる問題点も我がことのように感じられる。ということは、世界を変えていくのに一番必要なのは「愛」なのかもしれない。いろいろなものに愛を持てば、その分当事者意識の糸口も広がっていくのだ……こんなオチをつけて、今回のコラムを締めくくりたい。

2020221

武元康明

SDGsについて 半蔵の心得「中村哲医師に学ぶ、本当のSDGsとは」で詳しく紹介しております。

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