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滋賀県をゆく

滋賀県

不要不急の外出を控えるように、とのお達しが出ている今日この頃。みなさんはいかがお過ごしだろうか。行楽日和にも関わらず家にいなければいけない人も、逆に仕事があるから外に出ざるを得ないという人も、このコラムで小旅行気分を味わってもらえれば…という気持ちで今回は書いてみる。まあ、なかなか文才が追いつかないのだが。

 

さあ、此度の旅先は滋賀県である。多くの人がこの名を聞いてまず思いつくのは、琵琶湖。日本の真ん中にポッカリ空いたあの空洞は、日本で一番大きいと教科書にも書いてあったし、地図でも確かに存在感がある。だが、平面の情報はそれ以上でもそれ以下でもない。あの湖の真の広大さは、目の前にして初めて実感できるものなのだ。

私が初めて琵琶湖を見たのは、はるか昔の子供の頃。たしか幼稚園に通っていて、弟は生まれたばかりだった。文字通りの幼心、それでも記憶は鮮明だ。

大阪に住む伯母の家に赴くため、特急雷鳥に乗り込んだ。石川県から福井、そして滋賀と北陸本線が貫く。福井県の螺旋状のトンネルを抜けると、飛び込んでくるのは海のように果てのない水面。「海のように」と表現してみたが、自分の知っている海とは何かが違う、と思った。いつも白波を立てている日本海とは違う、穏やかでキラキラとした青……「みずうみ」も「うみ」のひとつみたいだけどいつものより好きだな、という感想を幼き私は抱いたものだ。

大人になって色々な湖を目にすることもあったが、「海」に匹敵する広さを持っているのは国内ではやはり琵琶湖ぐらいだろう。今車窓から琵琶湖を見ても、「うみ」のひとつだ、と思ったあの時の自分の感想はあながち間違ってはいないと思える。共に、滋賀県は歴史を歩んできたのだろう。水質汚染が深刻化した時期もあるが、あの広大な「みずうみ」と瞬く水面、そして周りを囲む萌黄色の山々の光景は、いつまでも多くの人の心を打ち続ける。

 

 

美しい景色がある場所には、人が集まる。

人が集まるところには、美味しい飯屋も集まる。これが世の常、理(ことわり)だ。

そう、続いての話題は食。

あまりイメージがないかもしれないが、滋賀県には種々の名店が集っているのだ。

大津市膳所の「すっぽん北村」や、比良山荘、徳山鮓、招福ろう……うーん、枚挙にいとまがない。「北村」のすっぽんは、今まで食したすっぽんの中で一番のお気に入りだ。

うなぎ屋で有名なお店は、三井寺駅近くの「う晴」。焼きが絶妙で、いままでうなぎの「カリッ」とした食感を味わったことがない人はぜひ訪れてみてほしい。感動すること請け合いである。

だが、「う晴」のウリは何と言っても大将と女将の人柄だと、個人的には思っている。

ここでは焼く前に、生きたうなぎを桶に入れてくれる。まるまると肥えたうなぎも見応えたっぷりだが、その際炸裂する大将のトークがなんとも楽しい。調理のために大将が暖簾の先に消えると、今度は女将のターン。彼女が手作りしたお店のオリジナルグッズの巧みなセールストークに、ついつい財布の紐が緩む。さすがは近江商人だ。この二人のパフォーマンス後に満を持してうなぎが登場し、ただでさえ絶品のところさらに美味しさが倍増する、というわけである。

ちなみに女将の手作りうなぎストラップは色展開が豊富で、私も紫のものを愛用中だ。キャリーバッグについたうなぎは黒づくめの中年男に華を添えてくれている。ありがたい。

花より団子と人は言うが、どうせだったらどちらも満喫し尽くしたい。そんな欲張りな願いを叶えてくれるのが、琵琶湖周辺であった。

司馬遼太郎の「街道をゆく」の始まりの地も、琵琶湖西岸の小さな町である。かの文章にはとても敵わないが、徒然なるこの頃の暇つぶしにでも、この紀行文をお楽しみいただければ幸いだ。

2020年35

武元康明

半蔵が食べた滋賀県のうなぎ屋

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