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バランス感覚と京都の街

京都府

初めて京都を訪れたのも前回の滋賀同様、家族旅行。おなじみ特急雷鳥に乗りこんで、琵琶湖沿岸を通り過ぎ、京へと向かった。

 

あれから幾星霜の時を経て、現在。

京都という場所は、なんだかんだ縁の深い土地となっている。

というのも、私の価値観形成に大きな影響を与えてくれた方々の多くが京都出身なのだ。「ワインは英語並みに万能な世界共通語だよ」と教えてくれたお茶屋さんの店主も、講演会のタイトルにもつかった「ヤジロベエ」という言葉を教えてくれた恩人も、みな京都出身の人である。特にこの「ヤジロベエ」は、私の人生のテーマと言っても過言ではない。二元論的な極端な価値観を持つのではなく、バランスを取って真ん中に立つ。そしてこのバランス感覚は、最終的には大局観にもつながってゆくものでもある。物事を多面的に捉える力によって先を見通せるし、一見ネガティブにみえる状況でもポジティブに捉え、前進してゆく推進力となるのだ。

 

京都は私にとって、こうしたバランス感覚を鍛える道場である。

「食」という点から見てみよう。中華料理、フレンチ、イタリアン、摘み草料理など、洗練された名店が連なり、一見「伝統」を重んじているかのように見える。ステーキの名店 ゆたか も、京都にある名店として名高い。銀座かわむら、ひらやま、しま等…東京で有名なステーキ店のシェフの多くがここ、ゆたか出身。あの柔らかな赤身の食感を体験すると、「肉」に対する向き合い方が180度変わってくる……とまあ、グルメレポートはいいとして、何が大事かというと、いまや「伝統」部類に入る「ステーキ」もかつては「新しいもの」だった、ということである。

一般的に、京都は伝統を重んじる一方で排他的な風潮があると思われている。しかし、歴史を紐解いてみると、京都は文化の発信地であった。つまり、「新しいもの」を受け入れ、それをさらに広げていく中心点だったのである。考えてみれば、フレンチやイタリアンもかつては「新しいもの」に他ならなかった。時間とともにその土地に、日本全土に馴染んでいくことで、それらも「古いもの」の仲間入りを果たしたのだろう。

「新しいもの」が地層のように積み重なって、歴史になる。歴史の中心地、京都は、「新しかったもの」が「古いもの」となり、それを重んじつつもさらなる「新しいもの」を受け入れていく、という営みを繰り返してきたのだ。

これこそまさに、ヤジロベエだと私は思うのだ。新しいものも古いものも大事に抱え込んでいく気質…ある意味、最強に強欲なのかもしれない。

 

食だけでなく、人にも同じことが言えよう。京都人は、「古いもの」を大切にする心も、「新しいもの」を受け入れる柔軟性も、どちらも持っていると感じる。ただ、「新しいもの」が本当にいいものなのかを見極める審美眼の鋭さも兼ね備えている。その鋭さが、一般的に排他的、と思われている原因だと私は思うのだ。

この仕事に就いてから15年近くお付き合いしているダイエーの元役員の方は、75才くらいになったので第一線から退いた。しかし、お年を召しても新しいことにいつもチャレンジ。豪快かつ繊細、伝統を重んじる面もある。

二兎追うものはどちらも得る、ぐらいの心意気なのだろう。やはり、バランス感覚をお持ちの尊敬できる人物の一人だ。まさに「ヤジロベエ」的生き方である。

 

ヤジロベエの語源、弥次郎兵衛も、伊勢神宮にたどり着いたのち京都まで足を運んだ。それに無理やりかこつけて、ヤジロベエの街・京都……とでも、命名してみようか。まあ、京都の知り合いはにっこりと笑みを浮かべ、無言で却下してくるかもしれないが。

2020323

武元康明

補足:題字「21世紀はヤジロベエ」は201610月の講演会資料表紙。

陶芸家・辻村史朗先生筆。

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