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背中合わせの県民性

青森県

みなさんは、ここの桜が一番だ!と感じた場所はあるだろうか。

こんな真夏に桜の話なんて、と思われるかもしれない。しかし、いつ何時も日本人の心は桜を求めている(と少なくとも私は思っている)ため大目に見て欲しいと思う。

それは、もう二、三年前になるだろうか。候補者との面談を予定し弘前へ降り立った。ホテルでの面接だったが、その候補者は「せっかくこの時期に弘前に来たのだから!」と、本題に入る前に私をある場所へ連れて行ってくれた。

訪れたその場所で見た桜は、今までにないほど私の心を動かした。仰ぎ見れば、濃いピンクの花弁の後ろに玉虫色に鈍く光る瓦。目線を下方に移すと、桜色に染まりきった一本道。どれだけ言葉を尽くしても、あの時私の眼前に広がっていた美しさを完全にお伝えすることはできないだろう。

それほどの感動を私に与えてくれたかの候補者は、私の隣で快活に、そして少し誇らしげに微笑んでいた。なんとも粋なおもてなしの心を持った方で、弘前城の桜とともに記憶に深く焼き付いている。

さて、その方は弘前出身であったが、青森県民の特性としてあげられるのは、下記のようなことだ。

・青森県は冬が長く、その間多くの人に会わない→人見知り。

・寒いために方言も短い言葉だけで意味が通じる→無口

・じょっぱり=辛抱強さ、負けず嫌い

…どうも、彼とは一致しない。当然、県民性とは平均の話であり全ての県民に当てはまるわけではない。しかし、彼以外にもこうしたイメージと真逆の方々と何度か関わってきたため、首を傾げていたのだ。

そこで調べてみたところ、奥羽山脈を境に日本海側の「津軽」地方と、太平洋側の「南部」地方で気質は大きく違い一括りに語ることはできないようなのだ。

 からっ風が吹く南部地方は、隣接する岩手県の県民性に近く、内向的で保守的な人が多いといわれている。つまり、最初に示した「人見知りで無口」なのは、南部地方の人たちの気質を指しているようだ。

一方津軽地方は、実は外交的で弁が立つ人が多いといわれている。冬は雪の積もる豪雪地帯ではあるものの、津軽海峡を挟んで道南の松前と交流があったり、日本海沿いに他藩との貿易が活発に行われていたりしたためと考えられている。弘前は津軽地方に属する。なるほど、とようやく合点がいった。

 そしてこの二つの気質の違いは、やはり歴史にも立ち現れている。

現在の青森県がある地域一体は、古くから源氏の流れを組む南部家が治める「南部藩(盛岡藩)」だった。ところが、16世紀に南部藩の大浦(津軽)為信が南部家の内紛に乗じて謀反を起こし、津軽の土地を奪ったことで、津軽藩が出来上がった。為信はその後豊臣秀吉にも認められ、南部氏と同じ独立した大名になる。

 戊辰戦争では、当初は南部藩も津軽藩も奥羽越列藩同盟として幕府側についていたものの、津軽藩は新政府軍が有利とみるや、いつのまにか同盟を離れ新政府軍へ寝返った。会津城が落城してから南部藩も降伏したが、その翌日に津軽藩から領地を攻められるという事態が起こる。そのため南部地域の人たちには「津軽地方の人は卑怯ですぐに裏切る」といったマイナスのイメージも染みついているようだ。

 戊辰戦争後、官軍についた津軽藩は優遇され、幕府側についた南部藩(盛岡藩)は領土を減らされた。さらに下北半島には会津人が入植し、斗南藩が置かれることになる。

 こうしてまとめてみると、時代に敏感でその時々の風にうまく乗ることに長けた津軽の人は外交的で話好きであり、一度信じた道に真面目に取り組み続ける南部の人は保守的で内向的、といった気質も頷ける。

その後、明治の廃藩置県では、青森県のエリアには弘前県、黒石県、八戸県、七戸県、斗南県が誕生した(黒石県とは旧黒石藩で旧弘前藩の支藩。七戸県は旧七戸藩、八戸県は旧八戸藩でかつての南部藩)。すると財政難に苦しんでいた八戸県と斗南県の知事は画策し、五県合併を新政府に申請する。五県のなかで最も裕福な弘前県と一緒になることで、財政難を緩和させようと考えたのだ。

合併の際、県名は「弘前県」だったが、県庁は県の中央にある地域のほうが交通の便も良いという理由から青森市に移り、県名も「青森県」になった。

 このように、現在は同じ県でも、そもそも気質の違う敵対する藩が合併して県になっていることはままある。前回「藩民性」と言ったが、県民性よりも藩民性の方が顕著な場合も多い。青森出身の方と出会ったら、話好きで外交的なら津軽地方の方、無口で内向的なら南部地方の方の可能性が高いことを念頭に置きつつ、まずは出身地を聞いて話を進めたほうが、円滑なコミュニケーションがとれるかもしれない。

2019年8月20日

武元 康明

半蔵が食べた青森県のうなぎ屋

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