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半蔵うなぎ街道

なぜうなぎを紹介するのか?

半蔵が持ち帰ったうなぎ屋の箸袋は、本日現在28軒です

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三重県
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  • うなぎ料理  うな錦
    三重県/四日市市
    1984年 創業
  • うなぎ 松ぼっくり
    三重県/多気郡
    1979年 創業
  • 伊勢外宮前 う御料理 喜多や
    三重県/伊勢市
    1910年 創業
  • うなぎ料理 むら田
    三重県/伊勢市
    1999年前後 創業
  • う料理 栄玉亭
    三重県/伊賀市
    1907年 創業
  • あおき
    三重県/鈴鹿市
    1977年前後 創業
  • うなぎ 膳 ZEN
    三重県/度会郡
    1999年前後 創業
  • UNAGI 喜多川
    三重県/四日市市
    2002年 創業
  • 街道一の味 うなぎの きみのや
    三重県/四日市市
    1968年 創業
  • 炭焼きうなぎ  わかや本舗
    三重県/松坂市
    1998年前後 創業
  • うなぎの やまもと
    三重県/松坂市
    1997年前後 創業
  • うなぎ なんけ
    三重県/松坂市
    2011年 創業

*創業年は店舗ホームページや店主・従業員に確認した情報を基に、西暦表示しています。

三重県の県民性

伊勢神宮のお膝元、アコギな商売はしない伊勢商人気質

日本列島の中央に位置する三重県といえば、「伊勢神宮」を思い浮かべる人が多いのではないだろうか。『日本書紀』や『古事記』に登場する「天照大御神」を内宮に祀った神社で、皇室ともゆかりの深い神社だ。神社本庁が包括する全国の神社のなかの本宗とされている。

伊勢神宮のある三重県南部(伊勢・志摩エリア)には、古来から参拝客で賑わってきた。さらにこの地方ではもともと木綿栽培を行っていたが、近江日野の出身で近江商人を育てた蒲生氏郷が松阪城の城主になってから商業保護政策を行ったことで、貨幣経済が活発化した。三井家などをはじめ江戸に出た伊勢商人が商売を成功させていったので、県内で一番古くから栄えているエリアといえるかもしれない。

とはいえ、三重県は県全体で見ると、「桑名や四日市」、「津」、「県南部(伊勢・志摩)」、「尾鷲」の4つの層があるように感じる。

桑名には伊勢神宮の「一の鳥居」をはじめ、明治時代以降、日本屈指の山林王として有名になった諸戸家が「諸戸ホールディングス」を興したり、牛鍋屋から全国展開していった牛肉店「柿安」などもあるし、戦後には四日市コンビナートも形成され、桑名・四日市は産業・文化のバランスがいいと感じる。

津は県庁所在地があるのに地味な市と言われれることも多いが、江戸時代は三重県のなかで津藩は一番大きな藩だった。江戸時代の三重県は半分が紀州藩の領地であり、伊勢神宮神領は幕府の管轄で、そのほかに藩が6藩あった。津藩初代藩主の藤堂高虎は豊臣秀吉の家臣でありながら徳川家康にも重用された人物で、家康は死の間際「藤堂家末代まで、伊勢・伊賀から動かしてはならない」と、遺言として残したほどだ。

伊勢・志摩エリアは、前出の伊勢神宮のほか、2016年に伊勢志摩サミットが行われた賢島もあり、志摩は有名な海辺のリゾート地でもある。海女さんの数が日本一多く、真珠の養殖も盛んだ。尾鷲(おわせ)市は、伊勢神宮と熊野三山を結ぶ伊勢路のルートと、訪れるたびに様々な魅力に触れることができる土地である。

このように縦に長くそれぞれのエリアで特色のある三重県だが、県民性は比較的共通していて、気候が温暖で海も山もあって産業も観光業も盛んな土地なので、のんびりして明るく、争いごとを好まない人が多いとされている。また伊勢神宮の参拝客が多く苦労しなくても商売ができた土地柄なので、人を蹴落としてでも上に上がりたいといった上昇志向もそれほど高くない。同時に伊勢神宮のお膝元で真っ当な商売をしてきた人たちも多いため、まじめで曲がったことが嫌いな人も多いようだ。

※別コラム「半蔵紀行」でも三重県を紹介しています。

2019424

武元康明

  • うなぎ料理  うな錦
  • うなぎ 松ぼっくり
  • 伊勢外宮前 う御料理 喜多や
  • うなぎ料理 むら田
  • う料理 栄玉亭
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  • うなぎ 膳 ZEN
  • UNAGI 喜多川
  • 街道一の味 うなぎの きみのや
  • 炭焼きうなぎ  わかや本舗
  • うなぎの やまもと
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