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半蔵うなぎ街道

なぜうなぎを紹介するのか?

半蔵が持ち帰ったうなぎ屋の箸袋は、本日現在18軒です

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長野県
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  • 鰻 まつか
    長野県/松本市
    1865年前後 創業
  • うなぎ炭火焼 うな富
    長野県/諏訪郡
    1982年 創業
  • うなぎの宿 住吉
    長野県/長野市
    1969年前後 創業
  • 桜家
    長野県/松本市
    1920年 創業
  • うなぎ小林
    長野県/諏訪郡
    1978年 創業
  • お食事処 うな藤
    長野県/諏訪市
    1981年 創業
  • うなぎ 松倉
    長野県/諏訪郡
    1995年前後 創業
  • やなのうなぎ 観光荘
    長野県/岡谷市
    1929年 創業
  • 鰻 古畑
    長野県/諏訪市
    1963年 創業
  • 鰻 小林
    長野県/諏訪市
    1979年 創業
  • 御うな 小松屋
    長野県/岡谷市
    1916年 創業
  • 川魚料理 うなぎ 蒲焼  あら川
    長野県/岡谷市
    1912年 創業

*創業年は店舗ホームページや店主・従業員に確認した情報を基に、西暦表示しています。

長野県の県民性

真面目な議論好きの多い県

教育に関心のある人が多く、「教育県」と称される長野県。実際、江戸時代末期や明治初期の寺子屋数は全国で一番多かったようだ。

20年以上前になるが、長野県出身の方から「長野県では昔から地元の新聞社が多い」という話を聞いたことがある。それを思い出して長野県の新聞社をインターネット検索してみると現在でも県紙の「信濃毎日新聞社」のほか、「長野日報社」、「南信州新聞社」「市民タイムス社」「信州市民新聞グループ(岡谷市民新聞・諏訪市民新聞・茅野市民新聞・下諏訪市民新聞・たつの新聞・みのわ新聞・南みのわ新聞)」が発行されている。

新聞社が多いということは、知識を得たうえで自分なりの主義主張を持っている人が多いということだろう。地方ほど住んでいる地域でのつながりが濃厚になり、わざわざ個々の主義主張を押し出して波風を立てることはしないという日本人が多いように感じるが、長野県では「こたつに入りながら議論する」ということが多いようだ。

今の長野県は明治の廃藩置県で府県の統廃合が行われた際、長野県(上田、飯山、岩村田、須坂、松代、小諸、椎谷、長野)と筑摩県(伊那、松本、高島、高遠、飯田)という2つの県になり、最終的に整備されて1つの県(現在の長野県)になった。

「長野と松本で県庁所在地合戦があった」という話は有名だが、自分たちなりの考えをしっかり持っている県民性だからこそ、地元愛も強く、「自分たちの市こそ県庁所在地にふさわしい」と感じる人が多かったのかもしれない。

長野市エリアと松本・飯田・諏訪市エリアでの違いも若干あるようで、「長野市エリア(北信)は純朴で、慣習に倣い、比較的現状維持派が多いエリア。松本市から南側の南信は、都会志向型で自主独立派。実用性を重視し、機転がきく人が多いエリア」とされている。これは多分に立地の問題のように感じる。首都圏に近い松本から南側のエリアのほうが都会的ということだろう。

いずれにしても長野県出身者と一緒に仕事をする際は、「真面目な議論好きが多い」、ということを念頭に置きつつ、楽しく議論の花を咲かせてみてはどうだろうか。

※別コラム「半蔵紀行」でも長野県を紹介しています。

2019年9月24日

武元康明

  • 鰻 まつか
  • うなぎ炭火焼 うな富
  • うなぎの宿 住吉
  • 桜家
  • うなぎ小林
  • お食事処 うな藤
  • うなぎ 松倉
  • やなのうなぎ 観光荘
  • 鰻 古畑
  • 鰻 小林
  • 御うな 小松屋
  • 川魚料理 うなぎ 蒲焼  あら川
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