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半蔵うなぎ街道

なぜうなぎを紹介するのか?

半蔵が持ち帰ったうなぎ屋の箸袋は、本日現在9軒です

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大分県
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  • 大谷うな重本店 やよい店
    大分県/別府市
    1984年前後 創業
  • 日本料理 割烹   やまだ
    大分県/中津市
    1637年 創業
  • うなぎ屋 戸山うなぎ屋
    大分県/日田市
    1967年 創業
  • 日田まぶし 千屋
    大分県/日田市
    1999年前後 創業
  • 入舟
    大分県/大分市
    1990年 創業
  • うなぎ割烹 八ッ瀬
    大分県/大分市
    1984年前後 創業
  • う 志おや
    大分県/宇佐市
    1959年前後 創業
  • うなぎ処  竹乃屋
    大分県/宇佐市
    1974年前後 創業
  • うなぎの幸栄
    大分県/臼杵市
    1959年前後 創業

*創業年は店舗ホームページや店主・従業員に確認した情報を基に、西暦表示しています。

大分県の県民性

九州なのに人情味が薄い?大分県の県民性

山が多く県内の行き来が不便で交流が少なかったことや、瀬戸内海を通って大阪との交流が盛んだったこと、アジアをはじめ海外との交易も多く、禁教令が下る前まではキリスト教徒も多かったこと、加えて江戸時代は小藩が入り乱れる土地柄だったことなどから、県としての団結意識が薄いといわれるのが大分県だ。さまざまな県民性の書籍を読んでも、「利己的」「ケチ」「協調性がない」「義理人情に薄く個人主義」など、どの本にも聞こえのよくない言葉が並んでいるのに驚く。

しかし、それが功を奏したのが、1979年に当時の大分県知事が行った「一村一品運動」だ。県内58の市町村ごとにそれぞれ誇れるものを作るといった取り組みで、ほかの市町村に負けじとオリジナリティあふれるものを提案していった結果、全国に誇れるブランドが生まれ、各市町村の団結意識が高まったといわれる。

NHK放送文化研究所が1978年と1996年に行った調査でも、「居住している県(大分県)が好き」と答えた県民が全国平均より多く、さらに96年はその割合が増えていたことも、それぞれの市町村の生活に満足しているからこその結果だろう。

ところで、冒頭で紹介したあまりよくない県民性だが、それを総称して「赤猫根性」と呼ぶ。そしてこれを良い意味に転じているのが海沿いにある臼杵市だ。市内の「福良天満宮」の一角では、「招福の赤猫」を祀っている。

福良天満宮のホームページによると、江戸時代から明治にかけて商業の町として栄えた臼杵市では、市内で商売の対立が起きたのだが、その騒動の中心となったのが、臼杵市出身の商人の大塚幸兵衛だった。経済の達人だった幸兵衛は「赤猫」と呼ばれたが、災害時などは郷土のために私財を投じるなど、地元の繁栄に貢献した。また福良天満宮境内に祀っている愛宕稲荷神社への信仰を絶やさなかったことから、その崇敬心にあやかって「幸せ(福)を運ぶ赤猫」として赤猫を祀っているのだという。毎年4月29日、30日に「うすき赤猫まつり」も開催され、観光客誘致にも成功している。

こうしてみていくと、大分県では大阪や海外の文化が入ってきていたことと、小藩が林立してそれぞれに個性のある藩校や私塾が開かれた結果、学問が盛んで独創的なアイデアを自ら生み出す県民性が育まれていったことが予想される。独創性を持った者同士では意見のぶつかり合いがおこり、うまく事が進まないことが多い。結果、「赤猫根性」と聞こえのよくない評価が生まれたのかもしれない。

「人は人、自分は自分」を貫く生き方は、情に薄く自分本位に感じることもあるが、自分に力がなければ貫けないことであり、「慣れ合わず他人に迷惑をかけない」と考えると、極めて誠実な生き方といえるのではないだろうか。

 

2020年10月23日

武元康明

  • 大谷うな重本店 やよい店
  • 日本料理 割烹   やまだ
  • うなぎ屋 戸山うなぎ屋
  • 日田まぶし 千屋
  • 入舟
  • うなぎ割烹 八ッ瀬
  • う 志おや
  • うなぎ処  竹乃屋
  • うなぎの幸栄
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