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半蔵うなぎ街道

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半蔵が持ち帰ったうなぎ屋の箸袋は、本日現在7軒です

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沖縄県
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  • うなぎ料理店  しきしま
    沖縄県/宮古島市
    1985年前後 創業
  • 御食事処  たいよう
    沖縄県/宮古島市
    1975年前後 創業
  • 鰻屋 兆
    沖縄県/那覇市
    2017年 創業
  • うなぎ 鰻作
    沖縄県/浦添市
    1976年 創業
  • 鰻 寿司 日本料理 彦
    沖縄県/那覇市
    1979年 創業
  • ぼんぼん
    沖縄県/那覇市
    1989以前 創業
  • 只喜(舟蔵の里)
    沖縄県/石垣市
    1975年 創業

*創業年は店舗ホームページや店主・従業員に確認した情報を基に、西暦表示しています。

沖縄県の県民性

時間にルーズと言われるが、人には律儀な沖縄県民

 

古来からアジア各国との交易が盛んに行われていた、琉球王国(現在の沖縄県)。琉球王国ができたのは、日本の室町時代にあたる1429年。その後、奄美諸島や宮古列島、石垣諸島を支配下にしていくが、1609年の薩摩藩侵略によって、琉球は薩摩藩の支配下に置かれるようになる。廃藩置県後の1879年に琉球王国は崩壊、日本の沖縄県となるも、第二次世界大戦では沖縄本島が日本で唯一の地上戦が行われた戦場と化し、多数の死者や犠牲者が出る。戦後アメリカの統治時代を経て、1972年に日本に復帰した。

ざっと振り返ってみても、沖縄県はそもそも日本とは違う国であるし、文化や生活習慣も違うので、県民性が違うのも当然である。

沖縄の人が自分たちのことを「うちなんちゅ/しまんちゅ(島の人)」と呼び、日本の本土の人たちのことを「ないちゃー(内地の人)/やまとんちゅ(大和の人)」と区別するのも、強固な郷土愛と、沖縄人同士の結びつきを大事にするのも、こうした歴史があるからにほかならない。

とはいえ、多くの「ないちゃー」が沖縄に魅かれ、何度も旅行に出向いたり移住したりするのは、沖縄の豊かな自然の魅力だけでないだろう。歴史的なわだかまりを抱えていたとしても、多くの沖縄県民が決して「ないちゃー」に対して冷たくなく、おおらかに向かい入れてくれるからだろう。そしてこれこそが、沖縄県民気質といえるのではないだろうか。

例えば、沖縄の人たちの気質としてよく例に出される「なんくるないさ(=なんとなかなるよ)」の精神。「失業率」「離婚率」の高さが上位の沖縄だが、沖縄の人たちはお金がなくても、仕事がなくても、離婚をしても、「なんくるないさー」と言って、助け合う。

「沖縄の人は実はシャイだ」と言われるが、酒を酌み交わせて食べて踊れば、壁は一気に取り崩され、ないちゃーでも受け入れてもらえる。

仲間同士、人と人とのつながりがしっかりあるから、沖縄の人は「挨拶はしっかりする」「義理がたい」といった一面も併せ持っている。「ラテン系気質で時間にルーズ。飲み会の開始時間から準備を始める」といった例え話も耳にするが、自分が受け入れた人に対してはあくまでも律儀なのだ。

そして、時間にルーズなのも、皆が気にしなければネガティブなことではないし、ストレスなく生きているというようにも考えられる。現に、世界のラテン系の国々を見ても、ホームパーティの開始時間くらいから、用意を始めるのが一般的という国はある。そういった国では時間ぴったりに行ったのに、受け入れ側が準備中だった、といったこともあるのだ。

こうして考えると、都会に生きる多くの日本人が効率性ばかりを重視して、人間関係が希薄になったり、「〇〇でなければいけない」にがんじがらめになり、ストレスばかりを抱えるようになっているいま、沖縄の人たちのおおらかさと濃い人間関係に学ぶことは多いのかもしれない。

2020427

武元康明

※別コラム「半蔵紀行」でも沖縄県を紹介しています。

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