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半蔵うなぎ街道

なぜうなぎを紹介するのか?

半蔵が持ち帰ったうなぎ屋の箸袋は、本日現在12軒です

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島根県
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  • うなぎ御料理  いづも屋
    島根県/松江市
    1957年 創業
  • 山源
    島根県/浜田市
    1896年 創業
  • 割烹 うなぎ  曽田楼
    島根県/松江市
    1887年以降 創業
  • やくも
    島根県/松江市
    1932年 創業
  • 御食事処 福吉
    島根県/松江市
    1975年 創業
  • うなぎ処 山美世
    島根県/松江市
    1914年 創業
  • うなぎ料理 大はかや
    島根県/松江市
    1947年 創業
  • 松江の味  川京
    島根県/松江市
    1970年 創業
  • 皆美館
    島根県/松江市
    1888年 創業
  • ひがしや
    島根県/出雲市
    1924年 創業
  • うなぎ処 鈴屋
    島根県/出雲市
    1935年前後 創業
  • 武志屋本店
    島根県/出雲市
    1865年 創業

*創業年は店舗ホームページや店主・従業員に確認した情報を基に、西暦表示しています。

島根県の県民性

真面目さのなかに歴史と文化が根差した島根県 

 

日本海側特有のまじめさと内向的な性格が県民性としてもあげられがちな島根県。

しかし「古事記」において、国土開拓と人々の暮らしを支える基盤を作り、天照大御神に「国譲り(国土奉還)」をした大国主神が主祭神として祀られている出雲大社もあり、多くの観光客が訪れる地でもある。島根県ではこの出雲大社のある出雲市と、隣接する松江市を含む県の東側が「出雲」、石見銀山がある西側が「石見」、「隠岐」の3エリアがそれぞれ令制国だったため、県民性も多少の違いがある。

まず「出雲地方」では、出雲大社の影響もあり信仰心が高く伝統を大事にする。また松江城があったためだろう、礼儀を重んじて保守的で外の人にあまり本心を見せない印象がある。一方で茶道や食文化が発達し、品の良い京文化を思わせる雅さもある。

対して岩石が多く農業に適さない地だった「石見エリア」では、漁業が盛んで行商に出る人も多かった。またなかには銀山の採掘などに従事する人も多かっただろう。そのため、明るく積極的で開放的な性格の人が多く、サバサバとしたコミュニケーションが好まれる。

そして離島でありながらも古くから文化が発達し、万葉の時代から後鳥羽上皇をはじめとした貴人らの流刑地でもあり、また江戸時代以降は北前船の重要な中継地としても栄えた隠岐は、島ならではの素朴さや親しみやすさだけでなく、新しいものを受け入れることに抵抗感が薄い地域でもあるようだ。

さて、そんな島根県にビジネスで行くとしたら、多くは県庁所在地のある松江だろう。松江では地元ならではの食も楽しんではいかがだろう。穴道湖七珍(穴道湖で獲れる代表的な7種類の魚介、スズキ、モロゲエビ、ウナギ、ワカサギ、シラウオ、コイ、シジミ)を使った料理など、豊かな食を楽しめる。筆者も出雲地方に行った際には穴道湖のうなぎを食べるのを楽しみにしている。

出雲地方の食文化が育ったのは治郷の影響が大きいようだ。藩の財政難を立て直した名主として知られる松江藩七代目藩主の松平治郷は、美食家としても茶人としても有名な人物。「スズキの奉書焼き」は浜で漁師がスズキを焼いているところを見た治郷がそれを所望したため、奉書で包んで蒸し焼きにしてお出ししたことで郷土料理になった。また蕎麦好きだった治郷が鷹狩りのときの食事に蕎麦を所望したため、漆器にそばを入れて持っていき、上からつゆや薬味をかけて食べる「割子そば」が出雲そばのスタイルになった。さらに松江の料理旅館・皆実館の名物「鯛飯」。ご飯の上に鯛のそぼろや具材を乗せ、だし汁をかけたものだが、治郷が西洋料理や汁かけ飯などを好んでいたことから初代料理長が考案したものだという。

2020年6月29日

武元康明

  • うなぎ御料理  いづも屋
  • 山源
  • 割烹 うなぎ  曽田楼
  • やくも
  • 御食事処 福吉
  • うなぎ処 山美世
  • うなぎ料理 大はかや
  • 松江の味  川京
  • 皆美館
  • ひがしや
  • うなぎ処 鈴屋
  • 武志屋本店
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