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山口県
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  • うなぎ池田商店
    山口県/山口市
    1949年以前 創業
  • こはぎえん うなぎ処 柳川屋
    山口県/萩市
    1979年前後 創業
  • 西京げんや
    山口県/山口市
    2008年 創業
  • たけだうなぎ料理店
    山口県/山陽小野田市
    1977年 創業
  • 川淀(大丸内)
    山口県/下関市
    2014年前後 創業
  • 江戸焼  うなぎ若松
    山口県/下関市
    1995年前後 創業

*創業年は店舗ホームページや店主・従業員に確認した情報を基に、西暦表示しています。

山口県の県民性

山口県 国を作り上げた自負、昔ながらの日本がある

尊王攘夷の志士・高杉晋作、井上馨、久坂玄瑞、維新の三傑の一人・木戸孝允、総理大臣を務めた伊藤博文、山形有朋と、幕末から明治にかけて活躍した長州人は多い。国家を支えている自負や縦の人脈を大切にする文化は連綿と受け継がれ、明治の伊藤博文初代内閣から令和の安倍晋三内閣まで、全国最多で総理大臣を輩出しているのも山口県だ。

長州人の気質を表した「薩摩の大提灯、長州の小提灯」という言葉がある。薩摩人は西郷隆盛という大きな提灯について一致団結するが、自己顕示欲が強い長州人は、個々で小さな提灯を持って行動するという意だという。

武光誠『知っておきたい日本の県民性』(角川ソフィア文庫)に、この長州人気質が育くまれたことについて面白い分析があった。要約すると次のような内容だ。――戦国時代、安芸の広島に本拠をおいていた毛利家が、大内家が持っていた周防、長門も制圧し、中国地方の半分以上を支配するようになった。しかし毛利家は関ケ原合戦で敗れたため領地を没収され、周防と長門だけを残された。毛利家の有力家臣はもともと、安芸の独立した武士だったため、自領をうばった徳川家に反感を持ったとき、個々に仇討ちのための知恵を働かせた。これが小提灯の長州人気質を作り上げた――。

こうして自分の考えを持って個別に動く長州人気質が、結果的に明治維新という歴史上の大きな変革のなかで功を奏し、現在まで日本の中枢を動かしているわけだ。

一方で、吉田松陰の松下村塾をはじめ、士族の男性が学び、天下国家を論じてきた歴史があるためか、一家のなかで男性優位、女性は口出し厳禁といった環境も生まれたという。

現在でも山口県では旧態依然の日本、つまり保守的気質と男尊女卑体質が色濃く残る。

NHK放送文化研究所の全国県民意識調査(1996年実施)によると、「天皇は尊敬すべき存在だ」と答えた人が60%(全国平均は51%)。「年上の人のいうことには従う方がよい」「人は結婚するのが当たり前だ」「家庭生活では一人一人が好きなことをして過ごすよりも、家族のだんらんを大切にしていきたい」、「ウソ」「夫婦の間以外の性的関係」「かけごと」は「どうしても許せない悪いことだ」といった回答がいずれも全国平均より高い。逆に「仕事や生活の上で、新しいことを積極的にとりいれたい」という回答は少なかった。

こうした県民性を調べるほどに、同郷ではないものの自分に近しい人たちを集めて「お友達内閣」を維持し続けた前首相の在り方は、長州人気質そのものと感じる。そう考えると、山口の人と付き合うときには、まず相手を立てて信頼を勝ち取ることから始めたほうがいいだろう。下関には、古くから大陸や朝鮮半島からの船や北前船で、新しいモノや情報が入ってきていた。一般的にそうした地域は開放的で好奇心旺盛な気質が育まれると考えると、信頼関係を築くときに、相手の知らない情報を提供していくことも、心を開いてもらう鍵になるかもしれない。

2021年1月26日

武元康明

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